花の雨
音もなく降り注ぐ雨が、庭全体を濡らしている。 先週満開になった桜も、今夜で散ってしまうだろう。 日没後に組員が締めた雨戸を、自分の部屋の前だけ開けて、鴆は雨が花を静かに散らす様を眺めていた。 リクオは、今夜は来ないだろう。 それどころか、当分ここには来ないかもしれない。 先週の今頃は、二人だけで花見に行った。 二人で出かけたのは久しぶりで、春らしい風は心を浮き立たせた。 花が散る前にまた来てえな、と言ったのは冗談半分だったけれど、 まさかこれほど早く散ってしまうとは思いもしなかった。 ましてや、つまらないことで仲たがいしてしまうなどとは。 仲たがいとは言っても、怒っているのはリクオの方だ。 鴆は己の軽はずみな発言を悔いて、今日の昼間も本家に行ったのだが、 リクオはあいにくまだ学校から帰っていないようだった。 もしかして避けられているのかもしれないと、ひとり鬱々と盃を重ねる。 睦言のつもりで言ったことが、生真面目なリクオには、辱めのように感じたらしい。 こちらを睨む、吊り上った眦から、たまった涙がこぼれ落ちる様子は、罪悪感を抱かせるのには十分だった。 予想外の反応に慌てた鴆が謝罪するのも聞かずに、リクオは黙って着物を引っかけ、羽織を掴んで出て行ってしまった。 盃を干して、鴆はため息をつく。 いい酒のはずなのに、一人で飲むと、これほどまでに味が違うものなのか。 雨は音もなく、花に降り注ぐ。 光り輝く月も、今は雨雲の向こうだ。 ぼんやりと雨の庭を眺めながら盃を傾けていた鴆は、庭からかけられた声に驚いた。 「よう」 それまで誰もいなかったはずの庭に、赤い番傘を差したリクオが、憮然とした顔で立っていた。 傘を差していない方の腕には、風呂敷に包んだ酒を抱いている。 「リクオ」 雨雲が晴れて、月が顔をのぞかせた。 少なくとも鴆の心の中では、雨はすでに止んでいた。 |
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