凍て緩む(イテユルム)
いつものように、音もなく薬鴆堂を訪ねてきたリクオに、鴆は今夜は暖かいから、久々で縁側で飲まないかと誘った。 オレは構わないが、としばらく鴆の体調を見定めるようにじっと見つめた後、リクオは小さく頷いた。 突然のお忍びとはいえ、毎度のことなので、鴆が声を掛けると、組の者がすぐに酒器と肴を運んで来た。 寒さが和らいだ外気は、春の匂いを漂わせている。 夜空にぼんやりと滲むような月を眺めながら差しつ差されつ、言葉少なに盃を傾けた。 いつの間にか、外で飲めるほどに暖かくなっていたのだと思えば、自然と浮き立つような気持ちになる。 「また空から月見してえなあ」 いつかの満月に、二人でリクオの蛇ニョロに乗ったことを思い出しながら言えば、 「…もう少し暖かくなったらな」 珍しく慎重にリクオが答えた。 そういえば、縁側で飲もうと言った時もリクオは一瞬ためらった。 なぜだ?外はこんなにも暖かいというのに。 鴆が首を傾げたその時、一陣の風が二人の間を吹きぬけた。 春の匂いのする暖かい風の中に、わずかにひやりとした空気が混じっている。 鴆ははっとして、隣で盃を傾けているリクオの手を掴んだ。 盃を持っていない方の白い優美な手は、ぎょっとするほど冷え切っていた。 「馬鹿、寒いならそう言え!」 「別に寒かねえよ、今は」 そう、地上は確かに暖かい。 しかし蛇妖怪の背に乗って、はるか上空を風を切って移動してくれば寒いに違いなく。 手だけでなく、袖も羽織も氷のように冷たかった。 「おい、月見酒は」 「あんたの身体が温まるまでおあずけだ」 オレは平気だって、との抗議にも耳を貸さず、鴆はリクオを部屋の中に押し込んだ。
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