十六夜(イザヨイ)




長月十六夜。

音もなく降り注ぐ小雨が庭を濡らしている。

薬鴆堂の縁側で、鴆は一人で盃を傾けていた。

雲で隠れた夜空はほのかに明るいが、

昨夜煌々と輝いていた満月は、今夜は未だに上ってこない。

十五夜の月に劣らぬ美貌を持つ恋人は、今日は来られるかわからないと言った。

奴良組の三代目は、昼間は学校に通っているため、組の仕事は必然的に夜に片付けることになる。

忙しい彼が、連日鴆に会いに来るのは難しい。

リクオが立派に三代目の役目を果たし、皆に頼られているのはとても嬉しく誇らしい。

だけど、こうして会えずにいると、彼がすごく遠くにいるようで、寂しく思うのもまた事実だった。

昨夜の夜は雲ひとつなく晴れていて、二人はリクオの蛇ニョロに乗って月見をした。

鴆が飽くことなく見ていたのは月ではなくて、明るい月の光に照らされたリクオだったけれど。

満月の下のリクオは恐ろしいほど美しくて。

そんな彼が自分の下で乱れる様は、とても色っぽくてかわいかった。

甘い喘ぎ声の合間に鴆を呼ぶ声も、たまらなく欲をかきたてた。

冷たい風が吹く空の上で、抱きしめたぬくもりを思い出せば、昨日会ったばかりだというのに、もう会いたくてたまらない。

「まいったねぇ」

今夜は会えないかもしれないというのに。

今夜だけでなく、次はいつ来るかもわからない。

昨日今日想いを通わせたわけではないのに、我ながら溺れている、と苦笑しつつ盃を傾けていると。

「どうかしたのか」

突然、すぐ近くで聞こえた涼やかな声に驚いて顔を上げると、そこには会いたいと焦がれていた人が立っていた。

赤い番傘を差したリクオは、形のよい唇を吊り上げた。

「悩み事なら、相談にのるぜ」

呆けたようにその美貌を見つめていた鴆は、我に返るとニヤリと笑った。

「聞いてくれるか三代目。オレの恋人がつれなくてよぉ」

「馬鹿言え」

リクオはそっけなく言うと、傘を肩に掛け、身体を屈めて、胡坐で座っている鴆に触れるだけの口づけをした。

冷たい唇は、雨の味がした。


雨はいつのまにか上がり、月が上っていた。





おわり



三代目になってからのいつかの話。
9月13日は十六夜だというので。



孫部屋