花影(カエイ)
今日はどこも桜が満開で、総会の後はそのまま花見の宴となった。 結局はいつもの宴会だが、庭から見える夜桜と春の外気は妖怪たちを浮かれさせる。 今日はいつにもまして注がれ続けて、さすがにこれ以上はと思ったリクオは、そっと宴会を抜け出した。 お気に入りの枝垂桜に上り、花の檻のような枝垂桜の枝の間で酔いを醒ましていると、 「リクオ」 誰よりも敏くリクオの不在に気付いた男が、木の下から呼んだ。 鴆にならば見つかっても構わないが、彼がそこにいることで芋づる式に宴に呼び戻されてはかなわない。 せめてもう少し酔いを醒ますまではと考え、 「おめーもこっちに来るかい?」 悪戯っぽい笑みを浮かべて男を誘った。 すると急に風が吹いたように枝がざっとさざめいて、 それまで木の下にいたはずの男は、いつのまにか同じ枝に膝をつき、リクオと向かい合っていた。 「身軽だな」 「そりゃ鳥妖怪だからな」 鴆が身動きしても、枝はきしりともしない。 体重を感じさせない鳥妖怪は、それでも確かな質感をもってリクオを抱きしめ、唇を塞いだ。 降り注ぐ雨のような花に囲まれて、酒の味がする口づけは醒めかけていた酔いを呼び戻し、身体を熱くする。 「…見られたらどうする」 酒よりも簡単に酔わされたことが悔しくて、潤んだ目で睨んでやれば、 「花影が隠してくれるだろうよ」 鴆は図々しくそう言ってのけた。
花の檻の中、二人は抱き合って何度も啄みあい、額を突き合わせて、小さく笑った。
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