風に散るは桜




その人は咲き桜のように清く、儚げで、そして美しかった。

夜風にたなびく銀と漆黒の髪。意思を宿す金色の瞳。

内側から光り輝くような肌。

僅かに幼さを残す輪郭は、完璧すぎる美貌にみずみずしさを添えている。

一見華奢に見えるが鍛え抜かれた身体は、頼もしくも、今にも消えてしまいそうにも見えた。

――全員そろったか。

桜吹雪が舞う中、凛とした声が響いた。

視線のはるか先で、祢々切丸を肩にかけ、若き総大将は仁王立ちしている。

彼は百鬼をぐるりと見回し、美しい唇の両端を釣り上げた。

――出入りだ。行くぜ、てめーら!

生涯でただ一人と決めた己の主の姿が、付き従う妖怪たちと共に遠ざかっていく。

追いかけたいのに、彼のすぐ傍に駆け寄りたいのに、己はうずくまったまま、立ち上がることもできない。

――待てよ!待ってくれ!

制止の声は、音にならなかった。

なおも叫ぼうとして、胸の奥の焼けるような痛みと共に、熱い塊がこみ上げてきた。

覚えのある感覚。敷き詰められた花びらの上に、真紅が散った。

まずは己の膝元が、それから視界が徐々に紅に塗りつぶされていく。





「…おい鴆!」

乱暴に揺さぶられて、目を開けた。

はらはらと花弁を散らす満開の桜を背に、年若な主が心配そうな顔で見下ろしていた。

「…リクオ」

「大丈夫か。かなりうなされてたぜ」

ゆっくりと首をめぐらせると、どうやら膝枕をされていたらしい。

そこは己のシマ内の山の中で、あたり一面に淡い色の花びらが散っていた。

「…ああ、ざまぁねぇな」

首を起こそうとして、強引に膝の上に戻される。もうちょっと寝ておけ、と短い髪をかきまぜられた。

白く美しい手が、感触を楽しむように髪に触れている。

膝を借りてそうされていると、あれはただの夢だったのだと、先刻までの絶望が癒されていく。

お前が酔いつぶれるなんて珍しい、とリクオは笑った。

「花見酒もほどほどにってこったな」

「おかげですっかり酔いが醒めちまった。せっかくの桜だ、飲みなおそうぜ」

髪を撫でていた手を捕まえて、今度こそ身体を起こした。

手を引いて、形の良い唇に己のそれを重ねる。ほんのり酒の匂いがするそれは、確かに温かかった。

「懲りねえな」

唇を離すと美貌の主は苦笑し、鴆の盃に酒を注いだ。




おわり



悩んだ挙句についったで流れてきた定番シチュ「桜にさらわれてしまうかとおもった」をやってみました。
夜若も鴆さんも両方儚いイメージがありますよね。
こんなんで中二本ができるのかひじょーに不安です…(>_<);;



孫部屋