菊日和




「これと同じものを一本の茎から一輪か二輪。全部で三十もあれば十分だ。頼んでもいいか?」



鴆は見本に摘んだ花をリクオの手のひらに乗せると、菊の花の群れの中に入っていった。

酒を持って薬鴆堂に行ったら、鴆はちょうど出かけるところだった。

菊花の収穫に行くというので、リクオも一緒に朧車に乗り込んだ。

薬草の収穫につきあうのは、これがはじめてではない。

薬草の種類はリクオにはよくわからないので、いつもは収穫する鴆の後をぶらぶらついていくだけだが、

菊の花なら見分けがつきそうだったのと、

やはり見ているだけでは退屈なので、手伝いを申し出た。

それほど高くはない山の中にある野原は、薬草畑というよりはむしろ、ただの藪にしか見えない。

だがここに生えているのはほとんどが薬用の野菊で、

一つの茎から白や黄色の、たくさんの小さな花をつけ、清涼感のある独特の匂いをあたりにまき散らしている。

これはどんな薬になるのだろうかと考えつつ、

鴆に示された種類の菊を、言われたとおりの方法で摘んでは、

即席の籠――酒を包んでいた風呂敷の中に放りこんでいく。

寒空の中、やや欠けた月は冴え冴えと明るい光で野原を照らしていて、

花もその月に向かって咲き、芳香を放っているようだった。

花を摘み終わり、大きな籠を背負っている鴆の傍に行くと、鴆はまだ採取を続けていた。

リクオといる時とは違う薬師の顔で、近づいても振り向きもせず、仕事に専念していた。

菊以外の薬草も採取しているようだった。

群生地を荒らさない程度に目的の薬草を採取し終わると、

鴆はようやくリクオを振りかえった。

風呂敷を持っていない方の手を取ったかと思えば、鴆はそれを顔に近づけた。

「匂いが移ったな」

大きな手でリクオの手を包みこみ、笑った。

そっちの手も見せてみろ、と風呂敷包みを奪われた。

どうやら怪我の有無を確かめていたらしい。

反対側の手にも怪我がないことを確かめると、その手を引いて、リクオを引き寄せた。

「ありがとな、リクオ」

さっきまでとは違う、甘さを含んだ声がリクオの耳朶をくすぐり、返事をする間もなく唇を塞がれた。

鴆の着物にも、菊の匂いが染みついている。

たとえ手持無沙汰でも、真剣な顔で薬草を摘む鴆を見るのは結構好きだ。

口づけと、口づけが灯す身体の熱で、晩秋の夜の空気の冷たさなど、気にならなくなっていた。





おわり



いつまでもそこにいると風邪ひきますよ。
薬草採取に没頭する鴆さんの後ろを、リクオ様がひよこみたいについて回っていたらかわいいなあとおもいます(*^_^*)



孫部屋