チョキ、チョキ、チョキン。
静寂の中、鴆が使う鋏(はさみ)の音だけが室内に響く。
いつものように酒を持参して飲みに来たのだが、飲んでいるうちに鴆がリクオの前髪の長さを気にしだした。
リクオは別段気にならなかったのだが、鴆はオレが切ってやると立ち上がり、あれよあれよという間に部屋に引っ張り込まれ、古い敷布の上に座らされ、これまた古い敷布にてるてる坊主のようにぐるりと巻かれて、目を閉じてじっとしていなければならなくなった。
部屋の明かりは幾つかの行燈のみ。月が出ている屋外の方が明るいのではと思ったが、あんたを地面に座らせるわけにはいかねえよ、と妙なところで生真面目な男はそういった。
普段、患者の髪も、自分の髪も切っていると言っていたが、それにしても鋏の音はずいぶん断続的で、慎重だ。
昼間に行っている本職の床屋と比べてはいけないのだろうが、患者の髪を切るのにもこんなに時間をかけているのか、だとしたら薬師業も大変だな、などと考える。
骨ばった、しかし繊細な薬師の指が、リクオの髪に何度も触れる。
昼の姿の時には、鴆はよく乱暴にかき回すような感じで髪に触れてきた。
今の触れ方はその時よりもはるかに丁寧で、濃密だ。
こんな風に髪を弄られるのは嫌いではない。
無造作に伸びた自分の髪が、すごく大事に扱われているのを、その指先から感じる。
目を閉じていても、こそばゆく感じるくらいに、自分の髪に視線が注がれているのがわかる。
それでも無言で髪を弄られ続けるのに飽きて、リクオは閉じていた目をそっと開けた。
鴆がいつになく真剣なまなざしで、指に挟んだリクオの髪の束を見つめていた。
鴆の真剣な表情は珍しくはないが、いつものそれとは違う。
黒の混じった白い髪を少しずつ掬っては丁寧に伸ばし、とても大事なもののように慎重に切っていく。
おもわず自分の髪に嫉妬してしまいそうになるほど、熱く真摯なまなざしだった。
荒々しい気性と普段の言動から、無骨な印象ばかりが表に出ているものの、こうして間近でよく見ると、この男は整った、きれいな顔をしていることに気づく。
床に伏すことが多い生活は彼に透き通るような肌を与えた。
目つきは悪いが、荒んではおらず、その目元には品があった。
さすがは美を誇る鴆という種の、雄鳥かと納得もする。
この男の、これほどまでに真剣なまなざしが、髪ではなく、自分自身に向けられればいい。
なぜだかリクオはそう思った。
こんな熱を孕んだ目で見つめられて、一体どうしたいというのか。
わからぬまま男を見上げていると、ようやく鴆がリクオの視線に気づいた。
「こら。目ェつぶってろって言ったろ」
目元を和らげ、彼は苦笑した。
前回と話はつながっているようないないような。
次は本当に髪を結う話です(^_^;)
孫部屋
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