髪結い その3



「てっきり高い酒でもねだられるかとおもったが」

月明かりの下、腕組みをして縁側に座っているリクオは、白い顔をやや俯かせて微かに笑った。

「お前の望みってこれかよ。つくづく欲がねえな」

リクオの背後では、障子を開け放した部屋に座った鴆が、己の主(あるじ)の長い髪を丁寧に櫛で梳いている。

負けた方が勝った方の望みを1つかなえるという条件で、ちょっとした賭けをした。
鴆が用意した秘蔵の酒の銘柄をリクオが言いあてる、という他愛ないものだ。
リクオが負けて、それじゃあ、あんたの髪を結わせてくれと鴆が言った。

酒でもよかったが、どうせなら自分では叶えられないことの方がいい。
銀色に輝くリクオの髪に、一度触れてみたかった。
昼間の彼の茶色の髪には何度か触れたことがあるが、夜の姿の彼の髪には、こんなことでもなければ気安く触れられない。

身体からほとばしる妖気でいつも逆立っているものの、触れてみればその髪は存外に柔らかい。
手触りは上質な絹糸のようだ。上から覗くと、、艶やかな髪は月の光を受けて輝く輪ができていた。
細いがしなやかでしたたかな髪は癖がつきにくく、絡まりにくい。
渦巻く髪の束も、櫛の先からするすると解けて真っ直ぐに流れていく。

リクオは腕組みをして俯いたまま、気持ちよさそうに、されるがままになっている。

さて、どんな風に結おうか。
思いつくままに、最初に試したのは、若武者のように高く結いあげることだった。
赤い組紐でぐるぐると巻いて結び、おくれ毛を髪留めで留めると、綺麗にまとまった。
この髪型はきっと彼に似合うだろう、と思ったが、鴆は髪留めを外し、紐を解いてしまった。

「鴆?」

髪は結った跡も何も残さず、するりと元に戻った。
あれで終わりにしてもよかったが、もう少しだけ、この髪に触れていたかった。

真っ直ぐな髪に再び櫛を通し、三つ編みに結おうとしたが、うまくいかなかった。
髪の長さがばらばらなせいで、編めない髪が大量にこぼれてしまう。

少し考えてまた髪を梳き、今度は編み込んでみる。
短い毛の多い裏側から編み込んだら、一見普通の三つ編みのようだが、今度は綺麗にまとまった。
毛先まで編んで、先刻解いた赤い組紐で結び、鴆は満足そうに息をついた。

「なかなかいいぜ」
「って言われても、てめぇじゃわかんねぇんだが」

髪を引っ張られている感じはするが。
隣に座って出来栄えを眺める鴆に、リクオは苦笑した。
編まれた毛先が、妖気でふわふわと浮いている。
昔の女学生のような髪型だが、硬質な美貌を持つリクオだと、不思議と洗練された感じになった。
男前なのも変わらない。

「そんなに髪をいじるのが好きならお前も伸ばしたらどうだ?」

片口を差し出しながら、からかう様に勧めるリクオに、

「ばーか。てめぇでてめぇの髪を触って何が楽しいよ?」

短いほうが軽いし手入れが楽でいい、と鴆が盃を取って酌を受ける。

そうやってしばらく注しつ注されつしているうちに、自然に紐は解けて、髪は元通りになった。
編み込んだ跡など微塵も残さず、まるで何事もなかったように、まっすぐ、しなやかに。

残念に思うと同時に、ほっとした。
綺麗で、まっすぐで、強かな髪は、まるで彼自身だ。
目の前にいる彼は、誰にも汚されてはいけない。
自分が彼を守ってやらなきゃいけないと思う一方で、その綺麗な心と体に、自分こそが消えない痕を刻みつけてやりたいと望んでしまうのは、やはり叛意(はんい)なのだろうか。

これこそ、こいつには言えねえな、とひっそり笑いつつ、鴆は秘めた想いを酒と一緒に喉の奥に流し込んだ。



散髪も髪を結うのも、ヤクザの組長のすることではない(^_^;)
けど好きな人の髪なら触りたいかな!
鴆の髪もきっとふわふわでさわり心地がいいと思います!鳥さんだし!
富餅様、すてきなネタをありがとうございました!

孫部屋