長き夜(ナガキヨ)
「すっかり涼しくなったなあ」 昼間はまだ蒸し暑さを感じる日もあるが、朝晩は寒さを感じるほどになった。 山の中にある薬鴆堂では、一日ごとに日が短くなっていくのを肌で感じる。 日が沈めば診療時間は終わり、その後も仕事をすることもあるが、 大抵はくつろいで、リクオの気まぐれな訪れを期待しながら酒を飲む。 だから夜が早く来るのは嫌いではないが、夜が長くなったからといって、リクオと飲める時間が増えるわけではない。 陽が沈めば、ある程度自分の意思で変化できるようだが、四分の三は人間であるため、変化できる時間は限られている。 日が暮れるのが早くなればなるほど、リクオの訪れが待ち遠しくなった。 鴆にしてみれば、こうして飲む相手は昼の姿のリクオでもかまわないのだが。 「早く昼の姿でも飲めるようになれよ」 そう本人をせっつけば、 「あと七年待ちやがれ」 つれない返事が返ってくる。 人間の世界では二十歳にならないと酒を飲んではいけないらしい。 七年か、長えな。と鴆は笑い、また盃を干した。 二人の畏れで静まり返った庭を眺めながら、ぽつぽつと他愛ない話をする。 まるで沈黙を恐れるように、会話が途切れれば、どちらかがまた話を振った。 微かな緊張と居心地の悪さを感じながら、どちらも腰を上げようとしなかった。 間合いをはかるような、そんな何度目かの沈黙の後。 「鴆」 「リクオ」 二人は同時に口を開いた。驚いて顔を見合わせる。 「何だよ」 「そっちこそ」 お先にどうぞ、と促すと、リクオは金色の瞳をそっと伏せ、 「何でもねえ」 と呟いた。 その憂いを含んだ表情に、いっそ言ってしまおうかとも思った。 時折、もの問いたげに自分を見つめてくる理由を、都合のいいように解釈してしまいたくて。 だけど、この関係を壊してしまったら、今のような穏やかな時間は二度と戻ってこない。 夜明けまでの長い長い夜を、彼に焦がれながら一人で過ごさなければならない。 お前の話は?と尋ねるリクオに、鴆は己の気持ちを押し隠し、何でもねえよ、と言って笑った。
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