夕虹
秋風が、野原一面に咲く小鬼百合の花を揺らしている。 「見て、鴆君。虹だよ」 鴆についてきた年下の主の声に顔を上げると、いつしか傾いた陽が、山全体を茜色に染め上げていた。 昼下がりにこの山に来たのだが、思いの他長い時間、薬草採取に夢中になっていたらしい。 リクオが指し示す先には、言葉の通り、刻々と色を変える空に一筋、色鮮やかな橋が架かっていた。 鴆は作業の手を止めて、リクオの傍に立った。 「夕方に虹が出ると明日は晴れだっていうな」 「じゃあ、明日は晴れるね。よかった」 そういって屈託なく笑う笑顔は夕陽よりもまぶしくて、鴆は思わず目を細めた。 リクオの昼の姿は昔から変わらない、と思っていたが、気がつけば背が伸びて、幼さを残していた頬の線もだいぶ削げてきた。 くるくる変わる感情を万華鏡のように映していた大きな茶色の目は、いつしか物思いに煙り、容易に心を読ませなくなった。 その外見も中身も、成長するにつれ、夜のリクオに似てきている気がする。 (似ているも何も、同じリクオだしな) さっきの屈託のない笑顔が、盃を片手に小さく笑う夜の彼に重なる。 「鴆君?」 無言でリクオを見つめる鴆を不思議そうに見上げる目は、色恋を知った者だけが持つ艶をしっとりと帯びていて。 鴆は邪魔な眼鏡を取りあげ、薄く開かれた唇に誘われるように顔を近づけた。
「…てめーのせいで虹を見損ねたじゃねーか」 愛しい人の舌と口腔を心ゆくまで味わってから唇を離すと、いつしか夜の姿に変化していたリクオがぼそぼそと文句を言った。 色気のある目元が、赤く染まっている。 「虹より綺麗なもんが、ここにあるぜ?」 そう言って、尖った唇をちょんと啄むと、可愛い恋人は、バーカ、と言って、赤くなった顔を鴆の胸に埋めた。 あたりはすっかり宵闇に包まれていた。
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