長閑けし(ノドケシ)
桜はとうに散ってしまい、緑の葉を茂らせているが、庭の花々は今が盛りとばかりに咲き乱れている。 ここ薬鴆堂の庭にあるのはほとんどが薬草ばかりだが、菖蒲や芍薬などのあでやかな花も楽しめた。 日中、陽の光をたっぷりと浴びたそれらの花は、今は夜露をのせて、冷たい月の光を浴びている。 「で、最近どうよ?シマの方は」 細い竹の棒を小さく動かしながら鴆が問うと、膝の上から、別に、と気のない返事が聞こえてきた。 「何もねーよ。平和なもんだ」 「嘘つけ。昨夜も出入りがあったんだろ。ネタは上がってんだぜ」 チッと舌打ちする小さな頭を、おっと動くなと、棒を持っていない方の手で押さえつけた。 「今、あんたの命運はオレが握ってんだからな。無事に帰りたきゃおとなしくしてな」 「…オレは別にいいって言ったのに」 おめーの膝硬えし、と耳の中を竹の棒でさぐられながら、リクオは小さく文句を言った。 繊細な力加減で耳の奥を掻かれると、ガサガサという音と共に、何とも言えないこそばゆい心地がした。 家ではいつも綿棒で適当にやっているから、こんな原始的な道具で奥を探られるのは初めてだ。 文句を言いつつも、おとなしくされるがままになっているリクオを、まあそういうな、と鴆がなだめる。 「確かにそれほど汚れちゃいねえがよ、あんたの健康管理はオレの仕事だからな。 それに平和だっつっても、昼も夜も駆け回ってるあんたに、せめて何かしてやりてえのよ」 それが真夜中の耳かきかよ…とリクオは呟いた。 月の光は煌々と二人を照らしているし、鴆の夜目と腕を疑っているわけではないが、夜にやることではない。 といったら、最近は昼間に行っても会えないだろうがと返された。 確かに最近は清十字の活動やら何やらで、昼間に家に帰ってくることが少ない。 口をつぐんだリクオの耳に、鴆は綿を押し込み、耳殻で穴をふさぐように軽く抑えると、ほら反対側むけ、と促した。 言われるままに身体の向きを変え、鴆の方に顔を向けて、硬い膝に頭をのせると、 薬師の繊細な指が耳をつまみ、また細い棒で奥を探るがさがさという音がし始めた。 昼も夜も、とはいっても、別に無理しているわけではない。 ただ人間として妖怪として、自分が望むようにしているだけで。 だが、こうして薬師の硬い膝に乗せられて、頭を動かすこともできず、 奥を探られるこそばゆい感覚に耐えていると、無意識に身体に入っていた力が抜けていくような気がした。
――そんなことを思ったのもつかの間。 そのうちに頭をのせている膝のぬくもりや、耳に触れる指の感触を意識してしまって、 熱くなった顔を隠そうとしたら、 「だから動くなって」 再び鴆に頭を押さえつけられた。
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