心音

気がつくと、襦袢を着せられている最中だった。

どうやらまた気を失っていたらしい。
汗やら体液やらでどろどろだった身体は今はさらりとして、乾いた布地の感触が気持ちいい。
意識がない者に着物を着せるのは結構大変だと思うのだが、手際がいいのはやはり薬師という職業柄だろうか。
寝苦しくないように少し緩めに帯を締めた後、たらいの水に浸した手拭いを絞る音がして、ややあってから衣擦れの音が続いた。自分の着物を着ているらしい。
そうしてやっと隣に潜り込んでくるのを待って、リクオは整えられたばかりの鴆の襟に手をかけてはだけさせ、露わになった胸に頭を乗せた。

こら、起きてたんなら自分で着ろ、と苦笑交じりに言う鴆の言葉を無視して、目を閉じたまま、薄い胸板から聞こえる心音に耳を傾ける。
意識が途切れる直前までは、自分と同じく、狂ったように早鐘を打っていたそこは、今は落ちついて、ゆっくりと確かなリズムを刻んでいる。
病弱で短命だというこの男の心臓が、力強く動いている音を聞く度に、リクオは安心する。
自身の毒に蝕まれながらも、今、確かにこの男は生きている。

この音が好きだ。
この音を聞く、今この時が好きだ。

胸に耳を押しあてているリクオの髪を、骨ばった大きな手が優しく梳いている。

しかし、目を閉じたまま、気持ちのままに、毒の模様の入った胸に唇を押しあてると、ぴくりと身体が動き、それまで穏やかだった鼓動は途端に乱れた。
あっという間に身体を転がされ、のしかかられる。

「ったく、疲れてるみてーだから、今夜はあれで勘弁してやろうと思ったのによぉ…」

悪戯する元気があんなら、夜明け前までつきあってもらうぜ。

妖の目を物騒に光らせながら、低い声で鴆は言い。
さっき締めたばかりの帯を、やはり手際よく解きながら、呆然としているリクオの唇を塞いだ。

夜明け前までって――病弱で体力のないはずの男が、何でこんな時ばっかり元気なんだ。

それでも、そんな男の現金さにも、安心してしまうどうしようもない自分がいた。



おわり



たまにはしっとりした二人を…相変わらずありがちネタですいません;;



孫部屋