恋の甘さ


腰を痛めた時に仰向けに寝るのは苦しい。
横向きに寝る方が楽なのだが、そうすると今度は肋骨に負担がかかる。
数日前、鴆はリクオを抱き上げようとして、ぎっくり腰になった上に肋骨にヒビまで入った。
そんなわけでここ数日は夜も眠れぬほど苦しんだが、やっと横を向いて寝ても差し支えない程度になった。
ただし寝がえりを打つには苦痛を覚悟しなければならない。

そういう状態だったから、その時鴆が部屋の入口に背を向けて寝転がっていたのは仕方のないことだった。

「鴆、具合はどうだ?」
「なっ・・・リク・・・ウッ!」

慌てて向きを変えようとした途端、腰と肋骨両方が悲鳴を上げ、鴆は絶句した。

「ああ、いいから寝てろって。メシ持って来たぞ」

リクオは枕元に膳を置くと、鴆が元の横向きの体勢になるのを手伝ってくれた。

ここのところ、ただ横になっているのも苦しくて、しかも一日寝てばかりなので、まったく食欲がわかなかった。
しかも寝たきりで食事をしなければならないので、おかずや飯を口に運ぶのも手伝ってもらわねばならず、こんなことになってから二度目の食事からは、握り飯と、すとろーをつけたぺっとぼとるとやらを用意してもらったが、まったく食べた気がしなかった。
しかし、主(あるじ)でもあり恋人でもある義兄弟に、小首をかしげて「食うよな?」と尋ねられては、いらないなどと言えるはずもなかった。
それにしてもこの状況、もしかして食べさせてくれる気なのか、とおもったら、唇を塞がれた。
乾いた口の中に、熱く湿った舌と、甘い芳香が侵入してきた。
目を見開いたままの鴆の前で、リクオは鴆の唇の端をぺろりと舐めて、含ませた酒の大半を吸った敷布を見て眉を寄せた。

「やっぱ、この体勢じゃあ飲めねえか。ストロー使うか?」
「いや、こっちの方がいい」

ねだる鴆に応えて、リクオがもう一度酒を口に含む。今度はあまりこぼさずに飲むことができた。
思えば、久々の酒だ。甘くみずみずしい香りがめぐって、胃の淵を焼いた。
あまりなかった食欲が出てきて、鴆はリクオに促されるままに、口元に運ばれた刺し身を食べた。
これもまた、寝たきりになってからは食べていないものだった。

「うめぇ」
「だろ?化け猫屋でつくってもらったんだ」

おめーが食欲ねぇって聞いたから。

嬉しそうに笑うリクオに、さては番頭だな、余計なことを。と鴆は思った。

年上の男として、これ以上リクオに恰好悪いところは見せたくないのだが。
けれど、これもうまいぜ、と甲斐甲斐しく料理を口に運んでくれるリクオを見ていると、たまにはこういうのも悪くないな、などと思ってしまう。
食事の合間に酒や汁物を要求する度に、リクオの目元が少し赤くなるのを見るのも、また悪くない。

「料理はこれで一通りだが・・・食いたいもんはあるか?」
「あんたを食いたい」

真顔で本心を言えば、リクオは今度は頬まで赤く染めて、目をそらした。

「・・・治ったらな」

それまで握り飯すら残していた鴆が、その夜リクオが持ってきた料理は残さず食べた。



おわり


孫部屋