うそ寒(ウソサム)
山の中にある薬鴆堂には、一足早く、秋がやってくる。 夜になれば日中の残暑はすっかり冷めて、涼しいというにはいささか冷たい風が時折吹いては、 縁側で向かい合って盃を傾ける二人の体温を奪う。
「リクオ、寒くねぇか?こっちに来いよ」 ぽんぽんと己の隣を叩いて促す鴆に、リクオは盃を手にしたまま、胡乱げな目を向けた。 「オレは別に寒かねえよ。おめーが寒いってんなら中に入ろうぜ」 病弱なんだから無理すんなよ、といいつつ立ち上がり、部屋に入ろうとしたリクオの腕を、骨ばった大きな手が掴んだ。 掴まれたのは左腕だったが、いきなり強い力で引き寄せられて、右手に持っていた盃から酒がこぼれる。 酒が白い手を濡らしたと思ったら、リクオは胡坐をかいた鴆の膝の間に倒れ込んでいた。 「てめー何すん」 何とか上体を起こして抗議しようとしたら、その身体を抱き込まれた。 「寒いからくっつこうって言ってんだろ。 色気のねえ方向に話をそらしてんじゃねえよ」 耳元で、艶のある低音で囁かれて、リクオの背筋がぞくりと震えた。 もちろん、それは寒さのためなどではなく。 「…なら、最初からそう言いやがれ」 一気に酒がまわったように頬が熱くなった。 耳朶を甘噛みされて新たな熱を灯されて。 愛撫する鴆の唇を感じながら、リクオは衣擦れの音と共に、自分を抱く男の腰に手を回した。
もはや、時折吹く風にも、冷たさは感じなかった。
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