ばれんたいん
薬鴆堂の冬は寒い。 鴆一派のシマは奴良組本家の南東に位置し、海に面した比較的暖かい地域と言われているが、 「ううっ、さみい…」 雪化粧を施された庭を眺める余裕もなく、鴆は羽織の襟をかきあわせ、やや背中を丸めて廊下を歩いた。 この屋敷を再建する時に、本家の力を借りた。 「痩せ我慢でお身体の調子を崩されたら困ります」 というのが彼の言い分だった。 余計な世話だとつっぱねてやりたかったが、逗留している病人の中には、確かに冷やしてはいけない者もいる。番頭の采配で、病人を寝かせている部屋にも、これと同じものが置かれていた。 ボタンを押せば、あっという間に部屋が暖まりはじめる。 雪玉を雪の上に落としたような、軽い音が障子の外で聞こえた気がした。 「リクオ!?」 スパーン!と勢いよく開けた障子の向こう、先刻より雪が積もった庭に、赤い番傘を差した、奴良組三代目が佇んでいた。 「元気そうだな、鴆」 雪が降り積もった赤い番傘の下でに輝く銀糸、白い息を吐きながら微笑む姿は絵になったが、そんなことを考えている場合ではなかった。 「あんた、何やってんだ!こんな日に」 有無を言わさず部屋の中に引っ張り込み、濡れた羽織をはぎ取った。
「着物もけっこう濡れちまってるじゃねぇか…来るなら朧車で来りゃあいいのに」 ああもう、俺の着物を貸してやるから風呂に入れ! 長持から忙しなく自分の着物を引っ張り出す鴆の背中に、「見つかるとうっせーから」と言い訳じみた呟きが聞こえた。 ああそうだろーよ。こんな日に出かけるなんて言おうもんなら、こいつの側近たちが大人しく見送るわけがねぇ。 見つくろった替えの着物と羽織を押しつけ、ほらあったまってこい!とけしかけたが、リクオは着物は受け取ったものの、その場を動こうとしない。 「?どうかしたのか?」 リクオは夜の姿にしては、らしくもなく視線をさまよわせ、しばらく逡巡した後、漆黒の着物の袂から、赤いリボンのついた透明なビニールの包みを取り出した。 「おふくろといっしょに、昼のオレが作ってたからよ…お前にって」 鴆から微妙に視線をそらしたまま、リクオはそれを差し出した。 まさかこれを渡しにわざわざ来たのか?この雪の中、こっそり家を抜け出して。 「酒の肴に甘えもんか・・・まあ、こんな日に燗で飲むならそれもいいかもしれねぇな」 そういいながら受け取ると、リクオはほっとしたような、わずかに落胆したような表情を見せた。 「リクオ」 部屋から出る時に、鴆は呼びとめた。 「ありがとな、バレンタインのチョコレート」 赤くなった顔を隠すように障子を締め、逃げるように遠ざかる足音を聞きながら、鴆はククッと笑った。 逃げるように出て行ったリクオは、一体どんな表情で戻ってくるのか。 |
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