我侭姫様




最近、リクオが冷たい。

主従として、そして恋人として、初めて契りを交わしてから、二度目の梅雨を迎えた。

秋冬の間は夜明けぎりぎりまで鴆の身体に抱きついて離れなかったリクオは、

一雨ごとに蒸し暑さを増していく近頃になって、急速につれなくなっていった。

毎晩のようにリクオが薬鴆堂を訪れる事には変わりはないが、

情交が終わると共寝をせずにすぐに帰ろうとする。

それどころか、情事そのものまで嫌がるそぶりを見せはじめた。

もしや、これが倦怠期というやつなのだろうか。



ある夜、雨に閉じ込められた部屋の中で情を交わした後、

リクオは抱き寄せようとする鴆の腕をすり抜け、長着を羽織ってさっさと帰り支度を始めた。

微塵の余韻も感じさせないリクオの態度に、鴆はとうとうかねてからの不満を口にした。

「ちょっと待てよ。あんた最近つれなすぎるぜ。オレといるのがそんなに嫌かよ?」

苛立ちを隠さずにそう言うと、リクオは面倒臭そうに鴆を見た。

興味がなくなった玩具を見るような目だ、と鴆は思った。

リクオはもしかして自分との関係に飽きたのだろうか。

未だに焦がれる想いを募らせているのは自分だけなのだろうか。

何しろリクオは若い。

最初は熱に浮かされたように未知の体験に夢中になったかもしれないが、

彼はもとより女には不自由していない。

不毛な雄同士の関係にいつ飽きてもおかしくはない。

鴆はリクオに生涯の忠誠を誓った。

リクオがもう嫌だと言うのであれば、いつだって身を引く覚悟はできているし、

なおも邪魔だというなら命を絶つことにもためらいはない。

できればその時にはリクオの手にかかって死にたいものだが…。

覚悟をしているとはいえ、情を交わしてしまった想い人に去られるのは、身を切られるようにつらい。

心変わりを口に出して確かめるのも怖くて、ただすがる想いでリクオを見つめていると、

年若の主はため息をついた。

「…敷布」

「は?」

形のよい唇からこぼれた言葉に、鴆は首を傾げた。

「去年の夏に買ってやった敷布があるだろ。あれを敷け」

言われて思い出した。確かに去年の夏に誕生祝だと言って、厚手の敷布を贈られた。

嬉しいが随分変わった贈り物だなと言ったら、

これ以上はオレが耐えられないからなと言葉を返された覚えがある。

鴆は衣装箪笥から、贈られた敷布を引っ張り出すと、布団の上に敷いた。

リクオは敷布に触れて確認すると、再び襦袢一枚になって、その上にごろんと寝転がる。

リクオの態度の変化をいぶかしみながらも、とりあえず帰らないでくれたことにほっとして、

鴆もリクオの傍らに寝転んだ。

その途端に、ひんやりとした布が鴆の身体を受け止める。

そういや、なんとかって特別な布だって言ってたっけな。

鳥妖怪ゆえに、もともと体温が高い鴆だが、事後でさらに火照っている身体を、

この敷布はやさしく冷ましてくれる。

傍らに転がっているリクオも気持ちよさそうで、

先刻までとは打って変わって、その表情は穏やかだ。

その赤みが差した頬に口づけ、

恐る恐る抱き寄せると、リクオは今度はおとなしく腕の中に納まってくれた。

優美な手が腰帯のあたりをつかむ感触に、安堵と歓喜で胸がいっぱいになり、

思わずため息が出る。

夜明けまではまだ長い。雨の音を聞きながら、こうして互いのぬくもりを感じて眠るのも悪くない。



そう思っていたはずなのだが、自分よりも体温が低いリクオの、ふくらはぎの冷たさがあまりにも心地よくて。

無意識に脚を絡めて冷やしていたら、

「いい加減にしろ!」

「ぐはッ!」

ドカッと音を立てて、ひんやりした布団から蹴り出された。





おわり



×興味がなくなった玩具を見る目○夏に湯たんぽを見る目
6月に入ってから、冷感シーツが手放せません。



孫部屋