若葉風




「いい風が吹きやがる」

激しい夕立の後の、いつもより涼しい夏の宵。

木々を吹き抜けた風が、滴が残る若葉の匂いと共にリクオの髪を撫で、絹糸のような銀糸を後ろに揺らめかせる。

盃を片手に、気持ちよさそうに目を細めて風を受ける主の横顔を、鴆はじっと見つめていた。

月光を受けて光り輝く、冷たささえ感じさせる美貌は、まだ輪郭に甘さを残していて。無防備な表情は、彼をいつもより幼く見せる。

奴良組若頭として、いくつもの難しい選択を迫られている彼が、こうして鴆といる時だけは、くつろいだ表情になる。

リクオが抱えている問題は、鴆が知っているものもあれば、おそらく知らないものもある。
たまに水をむけてやっても、小さく笑って受け流すだけだ。

すべてを胸の内に秘めたリクオの表情は、凪の海のように穏やかで、透明で、今にも消えてしまいそうに儚かった。

黙ってないで本音を言えと、不安も不満も全部吐き出してしまえと、言いたいのは山々だった。
だがそれを言っても、この年下の主はぬらりくらりとかわすだけだろう。
たとえ倒れたって、下僕である鴆に弱みは見せまいとするに違いない。

いっそ力づくで、本音を吐き出させてやろうか、と不穏なことを鴆は考えた。
この綺麗な顔をゆがませ、泣き叫ばせてやれば、彼も心の重荷を降ろしやすくなるのではないかと。

だが、それをすれば、二人の関係は壊れるだろう。
今みたいな穏やかな表情は、もう二度と鴆の前ではしないかもしれない。

「どうした、鴆?」

鴆の視線に気づいて、リクオが振り返った。

けがれを知らない金色の瞳が、じっとこちらをみつめ返す。

鴆は口を開きかけ――そしてゆるく首を振った。





おわり



四国編で外からも内からもつらい立場に立たされている時のリクオ様を書きたかったんですが、
二人で飲んでいる暇があったのかとか、つじつまは考えないでください…。



孫部屋