ほわいとでー


「ほわいとでー?何だそりゃ」

別に、この男に何を期待していたわけでもない。
バレンタインデーは知っていて何故ホワイトデーは知らないのかと半眼になりながらも、
ホワイトデーとはバレンタインデーにチョコをもらった相手にお返しをする日だと教えてやった。

リクオの説明を、腕組みしながらふうんと聞いていた鴆は、ふいにリクオを流し見て、ニヤリと笑った。

「なあ、ばれんたいんっていうのは好きな相手にチョコを渡して愛の告白をする日だよな?」
「ああ」

「で、ほわいとでーのお返しっていうのは、つまりばれんたいんの返事ってことだろ?」
「…ああ」

鴆の意味ありげな表情に、リクオは内心、身構えた。
この男がこういう表情をする時には、大抵ろくでもない事を言い出すからだ。

「その愛の告白ってやつを、俺ぁまだあんたから聞いてねぇんだがな」

そらきた。ホワイトデーの話なんかするんじゃなかった。
どうやら藪から蛇をつつき出してしまったようだ。

「…そうだったか?」

平静を装った声で答えると、力強い声で肯定された。

「おうよ。あんたとそういう関係になって、ただの一度もな」

鴆の口角はからかうように上がっているが、こちらを見る目は笑っていない。
どうにも雲行きがあやしくなってきた。

「…チョコやったろ」

「言葉って大事だよなぁ」

どっかりと胡坐をかいて腕組みをする鴆の前から、一刻も早く立ち去ろうとリクオは決心した。

「…そのうちな」

そんなもの、閨で熱に浮かされている時ならまだしも、素面の時にはとても言えるものではない。

次にここに来る時には忘れていてほしいと願いつつ、立ち上がろうとしたところで、腕を掴まれた。

「おいおい、つれねぇなぁ。一年近く情を交わして、一言もなしかよ」

力強く引き止める手に驚いて鴆を見ると、思いのほか、真剣な目とかちあった。

「俺はこれまでに何度も告げたぜ。あんたが好きだって。あんたはどうなんだよ」

確かに鴆には何度も好きだと言われた。閨の中でも、縁側で盃を片手に口づけを交わす時にも。
鴆の真摯な言葉を聞く度に、リクオは安堵をおぼえると同時に、自分の心が絡め取られていくのを感じていた。

こういうのは苦手だ。ただでさえ捕らわれている心を晒してしまえば、もうこの男に抗う術はない。
こっちは弱みを握られたも同然だ。

その細腕からは信じられない強い力で腕を引かれ、次の瞬間には、鴆の胸に抱きとめられていた。
服や身体にしみ込んだ薬草や生薬の匂い。嗅ぎ慣れた、鴆の匂いだ。
この匂いに包まれると、安心すると同時に、鼓動が速くなって、ひどく落ちつかない気持ちにもなった。

鴆の胸の中で、身動きがとれなくなっているリクオの、赤く染まった耳元で、鴆は穏やかな声で懇願した。

「聞かせてくれよ、あんたの気持ちを。言ってくれねぇと、俺が返事できねぇだろ」

リクオの気持ちを解きほぐすように、鴆は、耳に、頬に、まぶたに、唇を落とした。
上気した頬に骨ばった手を添え、誘うように薄く開いた唇に唇を重ねた。

何度か啄んだ後、形の良い唇の間に侵入した舌は、歯列をなぞり、口蓋を舐め、ためらいがちに鴆を迎える舌に絡んだ。
しばらくの間、熱を孕んだ吐息と互いの唾液が混ざる水音だけが室内に響いた。

やがて口づけを解くと、鴆はリクオをもう一度抱きしめた。

「…本当は不安なんだぜ。俺ばっかりが、あんたのことを好きなんじゃないかって」

ため息交じりに呟いた鴆の声が、あまりに自信がない口調だったものだから。

「馬鹿。好きでもなきゃ、こんなことするわけねぇだろ」

素面で言える精いっぱいの「告白」をして、リクオは鴆の背中を抱き返した。

おわり

照れ屋な夜若萌えです。

孫部屋