ほわいとでー
「ほわいとでー?何だそりゃ」 別に、この男に何を期待していたわけでもない。 リクオの説明を、腕組みしながらふうんと聞いていた鴆は、ふいにリクオを流し見て、ニヤリと笑った。 「なあ、ばれんたいんっていうのは好きな相手にチョコを渡して愛の告白をする日だよな?」 「で、ほわいとでーのお返しっていうのは、つまりばれんたいんの返事ってことだろ?」 鴆の意味ありげな表情に、リクオは内心、身構えた。 「その愛の告白ってやつを、俺ぁまだあんたから聞いてねぇんだがな」 そらきた。ホワイトデーの話なんかするんじゃなかった。 「…そうだったか?」 平静を装った声で答えると、力強い声で肯定された。 「おうよ。あんたとそういう関係になって、ただの一度もな」 鴆の口角はからかうように上がっているが、こちらを見る目は笑っていない。 「…チョコやったろ」 「言葉って大事だよなぁ」 どっかりと胡坐をかいて腕組みをする鴆の前から、一刻も早く立ち去ろうとリクオは決心した。 「…そのうちな」 そんなもの、閨で熱に浮かされている時ならまだしも、素面の時にはとても言えるものではない。 次にここに来る時には忘れていてほしいと願いつつ、立ち上がろうとしたところで、腕を掴まれた。 「おいおい、つれねぇなぁ。一年近く情を交わして、一言もなしかよ」 力強く引き止める手に驚いて鴆を見ると、思いのほか、真剣な目とかちあった。 「俺はこれまでに何度も告げたぜ。あんたが好きだって。あんたはどうなんだよ」 確かに鴆には何度も好きだと言われた。閨の中でも、縁側で盃を片手に口づけを交わす時にも。
こういうのは苦手だ。ただでさえ捕らわれている心を晒してしまえば、もうこの男に抗う術はない。 その細腕からは信じられない強い力で腕を引かれ、次の瞬間には、鴆の胸に抱きとめられていた。 鴆の胸の中で、身動きがとれなくなっているリクオの、赤く染まった耳元で、鴆は穏やかな声で懇願した。 「聞かせてくれよ、あんたの気持ちを。言ってくれねぇと、俺が返事できねぇだろ」 リクオの気持ちを解きほぐすように、鴆は、耳に、頬に、まぶたに、唇を落とした。 何度か啄んだ後、形の良い唇の間に侵入した舌は、歯列をなぞり、口蓋を舐め、ためらいがちに鴆を迎える舌に絡んだ。 やがて口づけを解くと、鴆はリクオをもう一度抱きしめた。 「…本当は不安なんだぜ。俺ばっかりが、あんたのことを好きなんじゃないかって」 ため息交じりに呟いた鴆の声が、あまりに自信がない口調だったものだから。 「馬鹿。好きでもなきゃ、こんなことするわけねぇだろ」 素面で言える精いっぱいの「告白」をして、リクオは鴆の背中を抱き返した。 |
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