恋の重さ


「ちょっ…あぶねぇッ…!!」

夜のリクオにしては珍しく焦った声が終わらぬうちに、二人は鈍い音を立てて畳に転がった。
部屋の外まで聞こえるような派手な音がしたが、いつもなら鴆の咳一つで飛んでくる過保護な番頭も、
かつて部屋に踏み込み衝撃的なシーンを目撃しまった時以来、
リクオが来ているとわかっている時に、声をかけるような野暮はしない。

「…ってぇ…」

鴆を下敷きにする形で転がったリクオは、それでも肩と頭をしたたかに打ち付け、
くらくらする頭を押さえながら悪態をついた。

「おめぇ、重くなったなぁ」
「言うことはそれだけか」

リクオを胸に乗せたまま、しみじみとつぶやく鴆に、地を這うような声が応じた。

「だから無理だっつったんだろ。意地張りやがって」

きっかけは、総大将が祝言の後、花嫁を抱き上げて百鬼夜行をしたという話からだった。
いい具合に酒が入っていた鴆が、俺だっておめぇを抱き上げるくらいできるぞと言い出し、
てめーの細腕じゃ無理だ、やめとけ、とあしらったリクオの言葉にますますムキになった。

上に乗っていたリクオがどいても、鴆は畳に転がったまま、情けねぇなあ・・・と自分の白い腕を目の前にかざした。

「転んでピーピー泣いていたおめーを背負って山を降りたこともあるってのに…」
「いつの話してんだよ」

そう、子供の頃は、何かと後についてくるリクオを、自分が守ってやるんだと思っていた。
あの頃はまだ元気で、リクオよりも腕力も体力も勝っていた。
ところが今はどうだ。常に百鬼の先頭で刀を振るうリクオの腕に比べれば、
自分の腕はこんなにも細く頼りない。
リクオ一人も抱え上げられないなんて、ショックもいいところだった。

鴆の顔に影をつくっていたその腕の片方を、優美な形をした手が捕らえた。
鴆の手よりも幾分小さいその手は、その見かけに似合わず、内側にはところどころタコができている。
刀を使う男の手だった。

リクオは自分のものよりも大きい、男のものではあるけれど滑らかな手を引き寄せると、
形の良い指先にそっと唇を落とした。
指の先一本一本、そして柔らかい手のひらに。

「てめぇのこれは怪我や病気を癒す手だ。この手で奴良組を支えてくれてるんだろ。
オレを抱きあげられねェからって、てめぇを男らしくねぇと思ったことなんか一度もねぇよ」
「リクオ…」

どちらからともなく顔を近づけ、唇を重ねた。
何度も角度を変えて啄み、鴆がリクオの唇を舐めれば、リクオは薄く唇を開いて鴆の舌を迎え入れた。

「んっ…」

鼻からぬけるような甘い声が、リクオの唇から洩れた。
お互いの舌がお互いの口腔を探り合い、やがて絡みあって、唾液を貪りあう。

「…鴆…?」

鼓動が高まり、息が上がるくらい口づけを交わしてなお、鴆が全く動こうとしないのを不審に思って唇を離すと、鴆はどこか情けない表情でリクオを見上げていた。

「…腰が…」

「ん?」

「腰が痛ぇ…」

自分より重いリクオを無理に抱え上げようとしたことによる、ぎっくり腰だった。
ついでに肋骨にもヒビが入っており、鴆はその後半月ほど床に伏したまま、恋人の睦言の代わりに番頭の小言を聞いて過ごすはめになった。

おわり

この逆体格差?もまたイイとおもえるようになってきた今日この頃。

孫部屋