ぼたん雪の舞う夜 泉へと身を沈める
暦の上では春とはいえ、薬鴆堂の辺り一帯は雪で覆われていて。 先日降り積もった大雪が溶けないうちに、今日もぼたん雪が降り注いでいた。 身体の芯まで凍るような、そんな雪山の奥にある湖に、白の長襦袢一枚で入って行く妖怪がひとり。 手には妖刀、祢々切丸を持っている。 「リクオ、風邪ひくぞ…そんなん雪女にでもやらせりゃいいじゃねえか」 湖の淵で、容赦なく降り注ぐ、水分を含んだ雪に身を震わせながら、この山に住む薬師一派の頭首が声をかけた。 「呼びに行く間に片付くだろ。おめーは濡れねえように下がって」 皆まで言い終わらぬうちに、リクオの姿が泉に沈んだ。 どぼんという音と共に、中に吸い込まれたような、奇妙な消え方だった。 「リクオ!?」 鴆ははっとして泉に駆け寄った。だが、片脚を踏み入れた途端に、ざばあっと大きな音と共に、巨大な龍が現れた。全身にタコのようなものを巻きつけていて、リクオはその足の一本にまき取られていた。 水しぶきの中で白刃が光り、それはタコの頭に深々と突き刺さった。 腹の底に響くような咆哮は、龍のものなのか龍に巻きついていたタコのものなのか。 祢々切丸の刃を受けたタコは塵となって消え、リクオは悶えるように身を捩る龍から離れて、水面を飛んで、陸へ着地した。 「これで夜も静かになるだろ…くしゅっ」 全身濡れ鼠になったリクオは、刀を鞘に納めながら小さくくしゃみをした。 そんなリクオに己の羽織をかけながら、鴆はすまなかったな、と言った。 最近、夜な夜な山から妙なうなり声が聞こえてきて、うるさくて眠れやしねえ。 そんな世間話のような愚痴を聞いて、こんな雪の日に調査してくれたリクオには、つくづく恐れ入る。 「戻ったらまず風呂な。あと熱燗」 「総大将の仰せの通りに」 小さく鼻をすする年下の主の背を少しでも温めるように、羽織の上から抱きながら、 今日はうんと甘やかしてやろう、と鴆は心に決めた。
泉じゃ小さいかしらと思って湖にしてしましました。 |
||