Exotic Asia 3
入り口は人目につくところでは困るし、かといってオークション目当ての客が見つけられないところでも困る。 「タイガーズアイそのものではなく、何かのなぞかけかもしれませんね」 時間は刻々と過ぎていく。焦燥を滲ませた高耶に、直江は何気なく言った。 「・・・そういえば、おまえ先刻何か言ってたよな」 あの時は他に何も考えられなかったものの、今そのことを、よりによってこの男のピロートークを蒸し返すのは腹が煮えた。 「ブレイクの詩ですよ。 高耶の目をまっすぐに見つめながら艶のある低音で諳んじてみせたが、その低音に酔いしれるどころではなかった。 「夜の森の中で燃える・・・火」 呟くと、正面玄関とは反対側に足を向けていた。
高耶はそのひとつひとつに入っていった。 「高耶さん」 最後に入った鳥居の奥で、直江が呼んだ。灯篭に手を入れている。 「ここの二つだけ燃え尽きた蝋の跡がある」 他の灯篭には何もなかった。 「ここか」 客を招き入れるための入り口だ。 それと同時にゴゴ・・・と足元から重い石が動く音が聞こえた。 「火が消えればまた閉じます。急いで」 促されて階段を降りかけ、高耶は当然のように続く直江を訝しそうに振り返った。 「おまえ、どこまでついてくるつもりだ」 待ってどうするつもりだ、とはもはや追求する気にもなれず、高耶は向き直ると行く手に意識を集中した。
「何者ッ――」 誰何の声は高耶の一閃で途切れた。
うす暗い室内の中、正面のステージだけが明るかった。 「次の商品は香港生まれの十歳の少女。さあ、千ドルからでいかがです?」 高耶は会場を見回した。主催者もどこからかこれを見ているはずだ。 「失礼ですが、あなたがたは・・・」 言いかけた見張りに当身を食らわせると、ステージ近くのドアに急ぎ、止めようとする関係者を振り切って出た。
「ようこそ、ジョーンズさんと・・・どこかでお会いしましたかな?」 オークション会場がよく見えるガラス張りの窓の前に一つ置かれた革張りの椅子に身を沈めた黒ぶち眼鏡の小太りの日本人――今夜のパーティの主催者が、底知れぬ微笑で彼らを迎えた。 「おとなしく芸者遊びに興じていればいいものを――好奇心は猫を殺すと申しますでしょう」 仮面めいた笑顔がこれほどぞっと感じたことはなかった。 「あんたこそおとなしくカメラだけ売っていればよかったのにな。豚は太れば殺されるんだぜ」 だが高耶の言葉にも、タナカは笑顔をくずさなかった。余裕でくつくつと笑い返す。 「若い方は世の中というものをご存じない。 ――たとえばこんなふうにね。 男がそう言った途端、部屋がふっと暗くなった。 「おい!」 闇に目をこらすが、タナカの姿はもはやそこにはなかった。 ――気の毒だがあなたがたには彼らの餌になってもらいましょう。 水かさはどんどん増していく。出入り口はロックされ、ガラスは銃弾も通さなかった。 「!」 夜目がきく高耶が目を見開いた。 「高耶さん、行きなさい!」 血の匂いを嗅ぎつけたのか、サメは一匹、また一匹と部屋に入ってきた。 「あなたにはあなたの仕事があるでしょう!行きなさい!」 群がる死神達に銃弾を打ち込む直江に一瞬目を細めると、高耶はふりきるように水に潜った。
水路は上へと傾斜しており、やがて水のなくなったそれを辿って行くと、出口はなんと屋上だった。 ヘリはまさに今飛び立とうとしているところだった。 後部座席でタナカが何事か騒ぎ立てるが、操縦士にしてもどうすることもできない。 「ゲームオーバーだ。ミスター・タナカ」 片手で操縦桿を握りながら、後部座席で震え上がる小男に高耶は冷たく笑った。
ふたたびヘリポートに戻ったヘリを迎えたのは、頭からずぶぬれの直江だった。 「お仕事は終わったようですね」 ヘリには高耶一人しか乗っていなかった。 「ああ。何ならホテルまで送っていってやろうか?」 一応、礼のつもりなのだろう。 「そうですね――夜の天使の街を空から眺めるのも悪くない」 あなたと一緒に。
数分後。暑くて熱い熱帯の夜空に向かって、一機のヘリが大きな黒い鳥のように飛び立った。
おわり これはその昔、Pacific Oceanの流さまが十字屋のカウントゲットしてくださったお礼にオフラインのゲスト原稿として書かせていただいたものです。
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