Exotic Asia
 


時間は午前0時。
キーワードは「タイガーズアイ」

入り口は人目につくところでは困るし、かといってオークション目当ての客が見つけられないところでも困る。
寝静まったか、あるいはオークション会場に行ってしまったか。
静まり返った邸内で、まず高耶は虎の掛け軸のあった休憩室に行ったが、調べてみても何もなかった。
あるいはタイガーズアイが使われている調度かとひととおり探したが、かの石が使われているものは何もない。

「タイガーズアイそのものではなく、何かのなぞかけかもしれませんね」

時間は刻々と過ぎていく。焦燥を滲ませた高耶に、直江は何気なく言った。

「・・・そういえば、おまえ先刻何か言ってたよな」

あの時は他に何も考えられなかったものの、今そのことを、よりによってこの男のピロートークを蒸し返すのは腹が煮えた。
だが今は背に腹は変えられない気分だった。
直江はしばらく考え込んで、ああ、と頷いた。

「ブレイクの詩ですよ。
『虎よ!虎よ!夜の森の中で
輝かしく燃える
どんな不死の手または目が
おまえの恐ろしい対称を作り得たか?』」

高耶の目をまっすぐに見つめながら艶のある低音で諳んじてみせたが、その低音に酔いしれるどころではなかった。

「夜の森の中で燃える・・・火」

呟くと、正面玄関とは反対側に足を向けていた。

 

 


虎の掛け軸のあった待合室の正面は中庭になっていた。
このパーティのために一体どれだけ金をかけたのか、元は普通の庭園だったに違いないそこは、見事な石や潅木の間に小さな石をしきつめた日本庭園となっていた。
庭園の向こうには小さな森があり、三方に朱塗りの小さな鳥居が建っている。

高耶はそのひとつひとつに入っていった。
造りはみな同じで、鳥居の置くには小さな祠、その手前には灯篭が二つ、置かれている。
だが祠にはいずれも鍵がかかっていて、中に何かがある様子もない。

「高耶さん」

最後に入った鳥居の奥で、直江が呼んだ。灯篭に手を入れている。

「ここの二つだけ燃え尽きた蝋の跡がある」

他の灯篭には何もなかった。

「ここか」
「おそらく」

客を招き入れるための入り口だ。
それほどたいした仕掛けではないでしょう、と直江はポケットからハンカチを取り出した。
二つに裂き、二つの灯篭の中に入れてそれぞれにライターで火をつける。
あっという間に燃え上がったハンカチは灯篭の中であかあかと輝き、暗い森を照らし出した。

それと同時にゴゴ・・・と足元から重い石が動く音が聞こえた。
見ると二つの灯篭の間、彼らが立っているすぐ目の前の地面がぱっくりと口をあけ、人一人分がかろうじて通れるほどの狭い階段を見せて止まった。

「火が消えればまた閉じます。急いで」

促されて階段を降りかけ、高耶は当然のように続く直江を訝しそうに振り返った。

「おまえ、どこまでついてくるつもりだ」
「もちろん、あなたの仕事が終わるまで待っていますよ」

待ってどうするつもりだ、とはもはや追求する気にもなれず、高耶は向き直ると行く手に意識を集中した。

 

 

「何者ッ――」

誰何の声は高耶の一閃で途切れた。
くずおれる二人には見向きもせず、白い廊下を奥へと進んでいく。
そこには一つしかドアがなかった。おそらくオークション会場だろう。
高耶はドアをあけた。

 

うす暗い室内の中、正面のステージだけが明るかった。
ステージの中央には全裸の少女が鎖につながれておびえた顔を観客に向けている。

「次の商品は香港生まれの十歳の少女。さあ、千ドルからでいかがです?」
「千百!」
「千二百!」

高耶は会場を見回した。主催者もどこからかこれを見ているはずだ。
会場の見張りが高耶たちを見咎めてこちらに近づいてくる。高耶の目が、自分達がいるところの真上にある遮光ガラスを張った部屋――おそらく貴賓室だろう――をとらえた。

「失礼ですが、あなたがたは・・・」

言いかけた見張りに当身を食らわせると、ステージ近くのドアに急ぎ、止めようとする関係者を振り切って出た。
案の定そこは関係者専用出入り口となっているようで、上に続く階段があった。
騒ぎを聞きつけて、上の階にいた者たちが次々に高耶たちに向かって銃を向ける。
だが彼らが引き金を引くよりも高耶の放つナイフが彼らの皮膚を切り裂くほうが早かった。
彼らは次々に銃を取り落とし、なお阻もうとしたものはとどめの一撃で絶命する。
銃口は無論、後に続く直江にも向けられたが、直江は銃を持っていた。
行く手を阻むものたちは、貴賓室への格好の道案内だった。
ドアの前の見張りを倒すと、蹴破る勢いでドアを開けた。

 

 

「ようこそ、ジョーンズさんと・・・どこかでお会いしましたかな?」

オークション会場がよく見えるガラス張りの窓の前に一つ置かれた革張りの椅子に身を沈めた黒ぶち眼鏡の小太りの日本人――今夜のパーティの主催者が、底知れぬ微笑で彼らを迎えた。

「おとなしく芸者遊びに興じていればいいものを――好奇心は猫を殺すと申しますでしょう」

仮面めいた笑顔がこれほどぞっと感じたことはなかった。

「あんたこそおとなしくカメラだけ売っていればよかったのにな。豚は太れば殺されるんだぜ」

だが高耶の言葉にも、タナカは笑顔をくずさなかった。余裕でくつくつと笑い返す。

「若い方は世の中というものをご存じない。
我が企業が世界中に顧客を持つようになったのも、こちらの商売に負うところが大きい。
ビジネスとはきれい事ではすまんのですよ」

――たとえばこんなふうにね。

男がそう言った途端、部屋がふっと暗くなった。
同時にどこからともかく水音が聞こえ、床はあっという間に水浸しになった。

「おい!」

 闇に目をこらすが、タナカの姿はもはやそこにはなかった。

――気の毒だがあなたがたには彼らの餌になってもらいましょう。

水かさはどんどん増していく。出入り口はロックされ、ガラスは銃弾も通さなかった。
だが問題は溺れ死ぬことではない。

「!」

夜目がきく高耶が目を見開いた。
闇の中でこちらに向かってくる、水面に浮かぶヒレ――サメだ。
音もなく高耶に向かってくるそれに銃声が響いた。
澄んだ水の色がそこだけどす黒く染まる。

「高耶さん、行きなさい!」

血の匂いを嗅ぎつけたのか、サメは一匹、また一匹と部屋に入ってきた。
サメが入ってきた水路をたどればここから出られるはずだ。しかし。

「あなたにはあなたの仕事があるでしょう!行きなさい!」

群がる死神達に銃弾を打ち込む直江に一瞬目を細めると、高耶はふりきるように水に潜った。
水路をたどり、タナカを追うために。


 

水路は上へと傾斜しており、やがて水のなくなったそれを辿って行くと、出口はなんと屋上だった。
ヘリの音が聞こえる。高耶は音のするほうへかけた。

ヘリはまさに今飛び立とうとしているところだった。
後部座席にすわるタナカのほくそえむ顔が見える。
高耶は近くにあったロープを掴むと、ヘリに向かって投げた。
ロープの先についた鉤がおもりとなってヘリの足に絡まる。
離陸するヘリに持ち上げられるまま、高耶もロープに捕まり空に舞い上がった。

後部座席でタナカが何事か騒ぎ立てるが、操縦士にしてもどうすることもできない。
何とか振り落とそうとする動きにも負けずに高耶は腕の力だけでロープを上りきると、操縦席のドアを開けて操縦士を蹴落とした。

「ゲームオーバーだ。ミスター・タナカ」

片手で操縦桿を握りながら、後部座席で震え上がる小男に高耶は冷たく笑った。

 

 

 

ふたたびヘリポートに戻ったヘリを迎えたのは、頭からずぶぬれの直江だった。
とりあえずサメの餌にならずにすんだらしい。

「お仕事は終わったようですね」

ヘリには高耶一人しか乗っていなかった。

「ああ。何ならホテルまで送っていってやろうか?」

一応、礼のつもりなのだろう。
が、実際、ここからどうやって下に降りたらよいのか悩むところではある。

「そうですね――夜の天使の街を空から眺めるのも悪くない」

あなたと一緒に。

 

数分後。暑くて熱い熱帯の夜空に向かって、一機のヘリが大きな黒い鳥のように飛び立った。

 

 

おわり

2

アサシン部屋へ


これはその昔、Pacific Oceanの流さまが十字屋のカウントゲットしてくださったお礼にオフラインのゲスト原稿として書かせていただいたものです。
リクは「アサシンシリーズ高耶さんでエセ日本風」とのことでした。お題クリアできてるかな?
流さまいつもお世話になっています。これからもよろしくです!