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近代国家の象徴のような都市、リヤド。巨大な碁盤目の中心にある宮殿の一角で、
会議は行われていた。昨年指導者や体制が変わったばかりのエジプト、シリア。
イエメン、クウェートなどの近隣諸国あわせて25カ国。その中のほとんどは
サウジアラビアが経済または貿易協定で見方につけた国々だったが、
中には親ソ派閣僚を抱える国々もあった。
ウバールは前国王ハマドの治世から中立の立場を保っていたが、軍をまとめていた
第二王子アリは反米派でしかも近隣諸国への進出を狙っていた。
会議とは別に「個人的に」直江が招かれたのはそのあたりの思惑からだろう。

ムハンマド・イブン・アブドゥルアジズ。今年で65歳にはなるはずだが、くっきりと
陰影を残す彫りの深い輪郭の奥で光る眼光は未だ衰えを知らない。卓越した
外交手腕と政治センスで混乱状態にあったこの国を近代国家にしたてあげた、
直江に言わせれば古狸だ。

「君とは以前会ったことがある」

その古狸と、直江は差し向かいで座っている。ムハンマドはじっと直江を見て、
何をおもったかふと目を細めた。

「もっとも王子としてではなく、外相代理としてだったが」

3年前、おそらく今と同じく「協定」を結ぶ目的でムハンマドはウバールにやってきた。
だがその頃ちょうどハマドが倒れた時期でもあったので、ウバールは
中立を守る旨と、混乱がおさまるまでその種の交渉の延期を申し出たのだった。

「貴殿をたばかるつもりは」
「よい。弟が兄を、叔父が甥を――王座から追い落とすのは珍しいことではない。
この世界では力あるものが生き残る。私も一度交渉した君であれば話しがしやすい」

ムハンマドは手を膝の上で組み、しばし瞑目した。

「2億ドル出そう」

直江は目を見開いた。

「国境を接しているイエメン、オマーン。そして独立したばかりの首長国連邦。
ウバールがアラビアの南を守ってくれるなら心強い」

つまり、軍事費を出してくれるというわけだ。その金でアメリカから武器を買えと
いうのだろう。石油が出ない国はもちろん、産油国であってもこの申し出は
魅力的に違いない。産油量においてサウジは他の国と桁違いなのだから。

「それで・・・援助の見返りに何を求められる」

法外な申し出に、冷静にたずねる直江に、ムハンマドは協定の概要を語る。
反ソ・反民族主義、アメリカ依存を軸にした共同防衛構想が主な趣旨だ。

「とてもありがたい申し出ですが」

すべてを聞いてから、直江は静かに切り出した。

「我が国には近隣諸国にまで口出しをする余裕はありません。軍隊はもちろん
必要ですが、立場としては中立でありたいとおもっています」

大国におもねることなく。強国に首根っこをおさえつけられるでもなく。
何の思惑もなしに大金を払う者はいない。
むやみにうまい話にとびついて余計な借りをつくることは避けたかった。

もともと、いつつきるかわからない石油収入に、頼ることをよしとしていない直江だ。
産油量を制限しつつ、石油以外の産業で国民が食べていけるようにと腐心している。
特に貧困で喘いでいるわけではない今の状態で援助など受けては彼らの自立心を
足元から掬いかねない。

ふむ、とムハンマドはひげを撫でた。断るとはおもっていなかっただろうが、
怒った様子はなかった。

「あまりかしこいとは言えないな。長いものには巻かれろというぞ」
「あいにく、そこまで大人になりきれないものですから」

にこりと微笑む表情には、なんの邪気も含まれていないように見える。
ムハンマドは手を上げて了承の意を示した。

「わかった。君が大人になるまで待つことにしよう。だが我らがアラブが危機に
瀕した時には力を貸してくれるな。友として」
「ええ。もちろんです」

直江は少し間を置いてから、ところで、と話を切り出した。

「以前あなたのお父上が討伐された邪視教団――彼らに何か
新しい動きはありませんか」

ぴくり、とムハンマドのひげが動いた。

「奴らは討伐された」
「アラブ各国で東洋人が行方不明になっている。ここリヤドではさすがに
見かけないが、失踪が多い街は決まって邪視よけの護符が目につく。
この二つは関係があるのではないですか」

一見突飛で強引と思える直江の結び付けに、ムハンマドは眉をひそめた。

「ばかな。彼らは東洋人なぞ攫ったりしない」
「以前はそうだったかもしれません。だが指導者が変われば体制も変わる。
攫われているのは不法労働者だけじゃない。旅行者もいます。どのみち
放ってはおけないでしょう」

邪視教団が復活したのであれば、信者は十中八九、アラブ人だ。
コーランに基づいて全てを治めているサウジとしては、イスラムに従わない者は
排除しなくてはならない。

「わかった。こちらでも調査させよう」

直江の言う「関連性」の真偽はともかく、反乱分子の芽は早めに摘み取っておく
にこしたことはない。
それに、東洋人失踪の件についても、むげにできない事情がムハンマドにはあった。

会談は終わった。立ち去り際に直江はふと、ムハンマドを振り返る。

「イスラエルの件――あれは、あなたの正義に反しないのですか」

イスラエルに資金援助をしているアメリカに協力を仰ぐのは果たし「正義」なのか、
と問う直江に、ムハンマドは意外にもニヤリと笑った。

「何、今に我々の言葉に耳を傾けざるをえなくなる」

時期を待っているのだよ。かっかっと笑う古狸の笑い声を背に直江は部屋を後にした。
まだ日は高いというのに、ひどく、疲れていた。

 

つづく
アサシン部屋

 


悩みながら第二部開始・・・サウジ国王はあえて名前変えました(小心者)。
会談の内容は適当に読み流して(え?)
フィクションということで大目にみてやってくださいませ;;