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「・・・おい、一人で先に行くなよ」

お仕着せの灰色のフードを被った男が二人、それぞれ松明を手に
人気のない洞内を歩いている。二人は最も警備の厳重な層――
第五層の扉の見張り役として交代に行くところだった。
この扉は一般の信者の出入りはない。 教主と、儀式でもっとも重要な
役割を果たす「巫子」がいる。扉を通れるのは教主と警備の者を除いては
ごくわずかな者だけだ。


上の層では司祭が次々と殺されているという。幸いこの層では犠牲は出ていないが、
司祭たちだけでなく、警備の者たちも今は必ず2、3人で固まって行動している。
その分警備は薄くなるが、彼らとて命は惜しい。

二人は立ちっ放しの寝ずの番を、むしろ喜んでいた。警備の厳重な扉の中に
入ってしまえば、正体のわからない敵に殺されずにすむ。

男の声が届いたのか、前を歩いていた同僚が、突然立ち止まった。
あまりに突然だったので、あやうくぶつかりそうになった。

「おい、何やって――」

文句を言いかけた男の口が、止まった。
ズッ・・・と崩れ落ちる同僚の向こうに、人が立っていた。
同僚の後ろを歩いていたとはいえ、全く気がつかなかった。今血溜まりの中に倒れ
伏している彼も、もし誰かいたのなら声をあげていたはずだ。

だが――目の前にいるのは、果たして本当に人か。
黒のアラブ服を、おそらく返り血で濡らしているそれは、尋常な様子ではなかった。
血の滴る短刀をひっさげ、肩で息をしながらぎらぎらした目でこちらをひたと見据えている。
肩で息をしながら下に転がる骸を踏みつける様子は、悪鬼さながらだ。
じり、とにじりよる血だらけの形相は、言葉も通じないと思われた。

「た、頼む・・・助けてく・・・ひぃっ・・・!」

掠れた悲鳴をあげる男に向かって、血に染まった五指が伸びる。
男が最期に見たものは、深淵を思わせる昏い光を湛えた、漆黒の瞳だった。

 

 

 

『網膜チェック カンリョウ』

ヴ・・・ンと扉が開きかける。高耶は網膜チェックに使った、見張りの男の眼球を捨て、
扉の横に立った。すべて開ききる前にドアの向こうに立っていた二人の見張りを倒す。
交代の時間だったせいか、身構えてもいなかった。

だがこうしているうちにすぐに騒ぎになる。高耶は鉛のように重い身体を、
ほとんど 機械的に動かした。
丸三日何も口にしていないばかりか、仮眠もとっていない。そもそも由比子と別れる前から
ろくに食事や睡眠をとっていなかった。湿気の多い、冷たい洞窟の中だ。体調は簡単に崩れる。
だがここで休んで体力の回復を待っている余裕はなかった。
時間が経てば経つほど状況は不利になる。突然出口をふさがれて皆が恐慌状態に
陥っている間だからこそ再びここまで降りてこられたのだ。
最初こそは催眠暗示を使っていたが、暗示にはかなりの精神力を消耗する。
結局、ここに来るまでに何人殺したかわからなかった。

どこをどう通ったかわからない。だが教主の居場所は大方の見当をつけていたから、
ほとんど無意識に角を曲がり、隠し扉を開き、トラップを解除した。

狭い廊下を進んでいると、ザッ――と前後に黒い影が現れた。鵺と呼ばれる教主の
ボディガードたちだ。物も言わず飛び掛ってくる鵺たちに、すでに血にまみれた短刀をひらめかせる。

視界がかすむ。高耶は目を閉じた。ぼやける視界を閉ざして気配だけで敵の動きを読む。
きりなく現れる鵺たちを切り伏せながら奥の部屋に押し入った。入った途端、鵺の気配が消える。

代わりに動いた別の気配に向かって、高耶は目を閉じたままナイフを繰り出した。
2合、3合と相手の剣を受け止める。なぎ払った次の瞬間、新たなナイフを投げた。

「・・・ッ」

おそらく腕を切られたらしい相手が思わず傷を押さえる。高耶はとどめをさすべく次の
ナイフを放とうとした。

ぐらりと、上体が傾く。

(だめだ)

ここで倒れるわけにはいかない。
ここで死ぬわけにはいかない。

教主を、倒すまでは――

 

「その状態で、お蘭に手傷を負わせるとはな――確かに生きがいい」

見知らぬ男の声を遠くに聞きながら、高耶の意識は闇に飲まれていった。

 

つづく
アサシン部屋

 


というわけで前回シバのそばにいたのは蘭ちゃんでした。
鵺を出したりしてちょっとはミラパロらしくなりました?(苦笑)