15

 

 

気がつくと、すでに囚われの身となっていた。
病室を思わせる白一色の部屋で、おそらくストレッチャーのようなものに
寝かされていた。両手両足は幅の広い革のベルトで固定されている。
頭上には点滴がぶら下がっていた。袋の中のオレンジ色の液体が、
緩慢なリズムでチューブに落ちて、高耶の腕に吸い込まれていく。

そのまましばらく点滴の袋を見つめていた高耶の心を読み取ったかのように、
深みのある声が応じた。

「ただの栄養剤だ。衰弱した身体に薬を入れて、ショック死でもされてはつまらんからな」

その瞬間まで、気配を微塵も感じさせなかった人物に、高耶ははっと首をめぐらせた。
炎のような赤い髪だった。どこか無機的に整った顔は30代と思われたが、実年齢は
それより上かもしれない。高耶を見つめる黒い瞳は、まるで実験動物を観察している
ように、ぞっとするほど冷たかった。

「アーサー・ブラッド陸軍大尉。調べてみれば、未だに大尉でいるのが不思議なほどの華々しい活躍ぶりだが・・・」

身体中で警戒して睨みつける高耶の顎をとり、その瞳を覗き込んだ。瞳の色をごまかすために
つけていたカラーコンタクトは、とうに取り去ってしまっている。

「なるほど――これぞ真の邪眼だな」

大抵の人間は高耶の瞳を見た瞬間、術中に陥る。暗示にかかって、高耶の言うことを聞く操り人形と化す。
だがそんな高耶の特殊能力も、この男には効かないようだった。

「・・・おまえがシバか」

掠れた言葉は、質問ではなく確認だった。1920年代にアブドゥルアジズに征伐されたはずの
邪視教団。それが今年の夏あたりから中東をはじめとする各地で東洋人が行方不明になり、
ロンドンでは原因不明の変死者が出るようになった。最初は別の事件として捜査されていたが、
捜査を進めていくうちに討伐されたはずの宗教団体との関係が明らかになってきたのである。
以前は民間信仰の延長のような内容だったはずだが、今の教団は明らかに体質が変わっている。
新しい邪視教団の鍵となるのが、信徒達の一種狂信じみた畏敬の念を一心に集めている
教主だ。英国情報部もこの男については、シバという呼び名以外、何の情報も持っていない
――そう、写真すらも。

「ロンドンで、多くのホームレスやジャンキーが、おまえが流したヤクで死んでいる。
客を殺すヤクなど何の役にも立たないはずだ。一体何を考えている」

恐れる様子も見せずに詰問する高耶の問いに、シバは薄く笑った。

「その答えはおまえ自身の身体で知ることになる」

男の手にある注射器を見て、高耶の顔が強張った。中身は見覚えのある赤い薬液。
高耶を襲った男が持っていたものと同じものだ。

「都市に流したものは試作品だ。完成すればりっぱな兵器となる。
おまえの邪眼よりも強力な、催眠暗示の道具として」
「や・・・めろ・・・」

空気を出し、針を近づけるシバに、掠れた制止の声を上げる。逃れようともがいたが、
頑丈な皮のベルトは高耶の手足を固定したままびくともしない。
注射針が点滴の管に突き刺さる。毒々しい赤い液体は透明な管を伝い、暴れる高耶の
腕の中へと吸い込まれていった。

「ァ・・・ア――」

ドクン、と心臓が跳ねる。身体が硬直し、極限まで見開いた目が宙を見つめたまま、止まった。
まばたきもせず、一点を見つめたままがたがたと震え出す高耶の耳元に、シバは毒のような声を
注ぎ込む。

「英国の犬だったおまえに、我が僕として新たな使命を与えてやろう。
この堕落した世界を鮮血で染める、美しく禍々しい告死天使としての役目をな」


つづく
アサシン部屋