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何がまずかったのかわからなかった。別に優しい慰めの言葉を期待していたわけではない。
だが、ひととおり話し終わっても沈黙したままの男の反応を不審に思って顔を上げたとき、
由比子は自分が何か失言したのだと悟った。
優しげだった男の顔は一変し、能面のような無表情で芝生を睨みつけている。
固く握り締めた両の拳が、男の感情を露にしていた。

「あ・・・の、ごめんなさい・・・」

初対面の人間にする話ではなかったかもしれない。おそるおそる声をかけると、
直江はようやく顔を上げた。

「なぜあやまるんです?」

ぞっとするほど冷たい声だった。返す言葉も忘れて息をのむ由比子を、声と同じくらい
冷えた瞳が射すくめた。

「あなたは何もあやまることなどありませんよ。私にも、彼にもね。
『人殺し』なんて言葉。彼はとうに言われなれている。
所詮、 あなたとは違う世界に生きている人間なんです。
今さらあなたの言葉などで傷つくような人ではありませんよ」
「そんなことない!だって高耶は・・・!」

この男は知らないのだ。

――人殺し!

そう叫んだ時。彼は一瞬、傷ついた瞳をしていた。
だが高耶を弁護しようと発しかけた言葉は、直江がすごい目で睨みつけてきたために
飲み込まざるを得なかった。

 ・ ・
「高耶」
「え――?」
「なぜあの人があなたに優しくしたのか、教えてあげましょうか」

守り袋の中身は見たかと聞かれて、由比子はうなずいた。
中に入っていたのは、小さな真珠のイヤリングの片割れだった。
ただし、火に焼かれたのか、金具の部分は黒ずんで、真珠は醜く変形していた。

「あれは、彼の妹さんの形見です。そう――生きていればちょうどあなたくらいの年かも
しれませんね」

直江の言葉に、由比子は呆然と目を見開いた。目の前のこの人物が高耶と知り合いだった。
そんなことよりも、告げられた事実に、理由もわからずショックを受けていた。

「彼は自分が一人だけ生き残ったことにずっと罪の意識を持ち続けている。
国のために人を殺し続けていることにも。あなたに優しくしたのはあなたが期待する理由からじゃない。
彼に自覚があったにしろなかったにしろ、あなたにしたことは妹さんに対する罪滅ぼしに過ぎない。
平気で人を殺せる彼らしくない、つまらない感傷からですよ」

妹への罪滅ぼし――
ばかだ。何を期待していたというのだろう。彼は命の恩人だ。誰を思って優しくしてくれたのかなど、
そんなことは関係ないだろうに。

 

「・・・すみません。言い過ぎました」

黙ったまま、ぱたぱたと涙を落とす由比子に、直江はようやく穏やかな声で謝罪した。
拳をぐっと握り締めて、理性を総動員させる。
彼を危険に晒した。それだけで万死に値するが、この上責めて助けに行くと言い張られても困る。

「あなたはとても怖い目に遭った。落ち着いたら、あなたの国にお帰りなさい。
そしてここでのことは、早く忘れてしまったほうがいい」

言うなり立ち上がると、泣いている由比子を一瞥し、長衣の裾を翻して去っていった。

 

つづく
アサシン部屋

 


直江、おとな気ないです。
いくら自分が高耶さんに優しくしてもらえないからって自業自得なのに;
高耶さんが知ったらさぞ激怒することでしょう;;言わないでしょうが。