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直江の行動は素早かった。今は会見中だという従者の言葉を振り切って、ほとんど乱入に
近い形でムハンマドのいる部屋に飛び込んだ。彼が会見していたのは日本大使――つまり
由比子の父だったから、邪視教団の話はすぐに通じた。

だが、何と言っても今は中東会議の真っ最中だ。他国が侵略してきたとでもいうなら話は
別だが、教団の討伐はこの国にとってそこまで急を要する仕事ではない。
とにかく会議が終わるまで軍は出せない、あと2日待てとムハンマドは言ったが、直江はひきさがらなかった。

「何もしないとは言っておらん。アラーのご加護があれば君の友人も助かるはずだ」
「彼女と別れてからすでに三日たっている。二日も待っていたら死んでしまう!」

自分こそが死んでしまいそうな表情で噛み付く直江に、ムハンマドは額に手を当ててため息を
ついた。いつも沈着冷静で、食えない男だと思っていた。国のことを考えているのかいないのか、
会議中もいつも醒めた目でまわりを観察していた男が、今はどうだ。
肩で息する直江に、ムハンマドはことさら冷静な声でたずねた。

「武田大使の話によると、イギリス人ということだが――ウバール国王である貴殿が、なぜそこまで
その男にこだわるのか。聞いてもいいか?」

何かあるのか、と目を光らせるムハンマドの前で、直江は苦しげに顔を歪めた。
しばしの沈黙の後、押し出された言葉は、ムハンマドの予想とは全く違うものだった。

「彼は――私の庭です」

搾り出すような声だった。

「私にとって、この世でたったひとりのひとです」

まるで懺悔のように告げて、口をつぐんだ直江を、ムハンマドはしばし不思議なものを見るような目で
見つめた。

「庭か」

やがて、ぽつりとつぶやく。

「それならば、何としても守らねばな」

思いのほか真摯な声に、直江は顔を上げた。ムハンマドは深い目でじっと直江を見つめ、
やがてひとつうなずいた。

「・・・リヤドにいる軍は動かせん。ジェッダの精鋭部隊を出そう。
アシールの山中にいるなら今から1時間もあれば着く。それでいいか」
「ムハンマド国王・・・」

願ってもない。声もなく見つめる直江に、ムハンマドは軽く咳払いをして付け加えた。

「このことは貸しにするぞ」

直江は胸に手を当て、万感をこめて礼をした。

「感謝します――!」

 

 

あわただしく出て行くウバール国王の姿を、ムハンマドはため息と共に見送った。

「会議も欠席するつもりか・・・どうなっても知らんぞ」

だが完全に理性を失った彼はなかなか見ものではあった。
ひとりほくそえむムハンマドのもとに、従者が遠慮がちに声をかける。

「陛下、イギリスの首相から緊急のお電話が」
「・・・やれやれ、にぎやかなことだ」

初めは日本大使。次にウバール国王。その次には――
もはや、用件は聞かずともわかっていた。

 

 

つづく
アサシン部屋

 


直江、恥ずかしい・・・。
いやそれよりウバール国民にはなりたくねー…(^^;)