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岩壁にかけた松明があかあかと燃える。祭壇の中央にある大瓶の中身を煮立てている
大きな炎がぐるりととりかこんだ客席にいる信者達の顔に不気味な陰影をつけていた。
心の奥底に忍び込むような、教主の深みのある声に唱和しながら、彼らは一心に儀式の
クライマックスを待つ――すなわち、巫子が自らその眼球を彼らの神に捧げる瞬間を。

祭壇に少女が横たわっていた。15くらいの、東洋人の少女だ。東洋人の瞳には魔力がある。
その瞳に宿る力を捧げると、赤眼様はお喜びになる。実際儀式の最中に、彼らは不思議な
現象を毎回目の当たりにした。

「アイン・ラーム・ミーム」
「アイン・ラーム・ミーム」

禁忌の儀式をしているという後ろ暗さと、血を見られるという原始的な高ぶりが彼らを
支配していた。今感じているのは麻薬にも似た陶酔だ。
少女はすでに薬を打たれている。祭壇に横たえられ、がくがくと震えながら虚空の何かを
凝視している。

教主が拘束具を外した。身体を起こされた少女は、ふらふらと大瓶の前へと進み出る。
宙を見つめていた少女は、やがて耐えられなくなったように、爪の伸びた指を自分の両目に
突きたてようとした――

 

 

 

「うわぁぁぁ――!」

叫び声が突然途切れたかとおもうと、数瞬後、祭司の一人が祭壇の手前で倒れた。
ゴロン、と眼を見開いたままの首が転がる。唱和が途切れ、ざわざわと動揺する空気の中で、
血刀をひっさげた高耶が壇上に進み出る。巫子にされた少女が着ているのと同じ、
白の簡素な衣に誰かから奪った灰色のフードを引っ掛けている。全身に殺気を漲らせた乱入者は、
まっすぐにシバに向かい、どこかから奪った長剣を振り上げた。

ガキンッ!

思うさま振り下ろした剣を、別の剣が阻む。線の細い青年が、シバと高耶の間に割って入り、
高耶の剣を受け止めていた。
だが昨日切りつけられた傷が痛むのか、合わせている剣から細かい震えが伝わってくる。

「よせ、お蘭。今の彼はおまえには荷が重い」

今の高耶には手負いの獣と同じだ。剣を引くこともできずにぎりぎりと高耶を止めている青年の後ろで
シバは腰に差していた長剣をすらりと抜き放った。

「薬でもそう簡単には飼いならされない、か。だがいくら強靭な意志でも薬の呪縛から逃れることは
できん。幻覚と暗示はおまえが死ぬまで続く」

みなまで言わせぬうちに高耶が剣を振り下ろした。シバが発止と受け止める。
びりびりとした痺れがシバの手に伝わった。体格で彼に劣るはずが、見かけからは信じられない力だ。
これも薬の作用のせいか。
すさまじい剣戟となった。周りにいるものも両者の気迫に押されて近寄ることもできない。

「身の程知らずな獣よ。おまえごときにこの私を倒せるか!」
「黙れ!」

キンッと音を立てて首を薙ごうとした刃をはらう。
間髪を入れずに次の動作に入る瞬間、高耶の口から光るものが手のひらに向かって落ちた。

すかさず心臓を突こうとした高耶の剣が高い金属音と共に飛ばされる。
勝負はついた――誰もがそう思った瞬間、高耶はシバの懐に飛び込んだ。

 

 

 

 

「き・・・さま・・・」

シバは血に染まった右目を押さえながら、ものすごい形相で高耶を睨みつけている。
押さえる指の間からのぞくのは、小さなルビー。シバの右目には深々と、その紅玉がついた針状の
もので深々と貫かれていた。

「これで終わりだ、シバ」

高耶は床に落ちた剣を拾い上げると、止めを刺すべく振り下ろした。

 

 

 

 

洞内は突如、闇に包まれた。
松明の火、それから祭壇であかあかと燃え盛っていた火も、水をかけたように消えたのだ。
空を切った高耶の剣の先から、シバの気配が消えた。

――美獣よ、この礼はかならずするぞ。それまでせいぜい幻に取り殺されぬようにな。

「逃げる気か!」

追おうとする高耶に、完全に恐慌状態に陥った信者達が襲い掛かる。
闇の中でめちゃくちゃに刀を振り回す彼らに、高耶は鋭く舌打ちした。

 

 

つづく
アサシン部屋

 


ボディピアスなんで耳用よりは針の部分が長いかと。
シバ様あんなこと言ってますが、リベンジ編までは書けないと思う・・・。