ドクン、ドクンと心臓の音が耳につく。
獣じみた荒い息が耳の中でうるさく反響する。
目の奥が異様に痒い。それこそ抉り出したくなるほどだ。
薬の効力は弱まるどころか、抵抗すればするほど執拗に高耶の意識を絡めとろうとする。
意志の力で幻覚を殺して現実を見ようとしても、いつのまにか「それ」は忍び寄るのだ。
殺したはずの祭司の目が開く。人の気配にはっと背後をふりかえれば、岩壁がぱっくりあいて
真紅の目が高耶をみつめている。高耶を断罪し、使命を果たさせるべく監視する目は
いくらふりはらっても高耶の五感につきまとった。
拘束着は以前脱臼した関節を外して脱いだ。他の武器になるものは全て服と一緒取り上げられて
いたから、見張りを殺し、フードと剣を手に入れるまで武器は、かつて直江が高耶に無理やりつけさせた
ピアス一つだった。
――人を憎め。
――憎い奴を殺せ。
――愚かな奴らをこの世から一掃するのだ。
頭の奥でたえずシバの声が響く。それは時に高耶自身の声となり、血路をひらく高耶に
もっと殺せと唆す。違う。オレは殺したいわけじゃない。憎いから殺すんじゃない。
任務のためだ。任務を果たさなければもっと多くの人間が死ぬ。
――欺瞞だ。その任務のためにどれだけ人を殺した。
――自分がしていることの矛盾を、おまえ自身がよく知っているくせに。
高耶の声が意地悪く囁く。
――おまえが殺すのはおまえが生きるためだ。
――おまえは血に飢えた獣。他人の血を流さずには生きられない。
邪魔な建前など捨ててしまえ。血が見たいんだ。のた打ち回る苦悶の声を聞きたいんだ。
これは復讐だ。オレをこんな風にした人間達への復讐なんだ。
「違う!」
剣を振りかざす信者を切り捨てながら高耶が叫ぶ。
そうじゃない。オレは誰も憎んでなんかいない。
誰もが当たり前に得ている幸福を、ある日突然奪われた理不尽を
他の誰かに味あわせたいわけじゃない。
オレが生きているのは、
他人の命を奪ってまで生き延びようとしているのは――
その時。
ドウン!という凄まじい音と共に、洞窟が揺れた。
それも一回ではない。上の――おそらく一層目の方から、立て続けに爆音が響く。
振動で天井のに小さなヒビが入り、ぱらぱらと小石が落ちる。
遠くの方で落下音と悲鳴が聞こえた。おそらく上のほうでは天井が崩れたのだろう。
不気味な爆音はしばらくの間続き――やがて新たな騒ぎが、上の層で起こった。
つづく
アサシン部屋