直江は王宮を飛び出した足で車を借り、リヤドからアシール地方へと向かった。
ルブ・アル・ハリ砂漠を縦断するようにつくられたハイウェイを200キロ以上で
とばしていたせいで、現地へは3時間あまりで到着した。
だがとうに到着していたはずのジェッダの部隊は、未だ洞窟の外で立ち往生していた。
「入り口が大きな岩盤で塞がれている。中に人がいる場合、下手に爆破すれば
中の壁の方が崩れて生き埋めになります」
固い岩盤だけを壊すためには、爆弾を仕掛ける位置と火薬の量を慎重に考慮しなければ
ならない。まずは火薬を少なめにして試し、徐々に亀裂を入れていく。そんな手順を考え、
準備を進めるうちに日が沈んでしまい、救出作業は翌日からということになった。
冬の山岳地帯の夜は0度以下に冷え込む。兵士が運んできた食事にも口をつけず、
直江は一睡もせず、岩盤の前に座って一夜を過ごした。
行く手を塞ぐ岩盤の向こうでは物音一つしない。この中で何が行われているのか、推測する
ことも適わなかった。
嫌な胸騒ぎを感じる。高耶の仕事には常に危険がつきまとう。それはわかっているが、
今回の彼の行動はあまりにも無謀だ。こんな無茶が情報部の意思なら、これ以上
高耶を組織においておくわけにはいかない。
だが問題は、彼自身が危険を望んでいるということだ。温室のような平穏な環境では、
彼はきっと生きられない。内に抱えた思い出と孤独、そして罪の意識が彼を絶えず
苛むようになるだろう。自分を必要としない環境の中では、彼は自分の生きる理由を
見つけることができない。
強引に攫って後宮に閉じ込めることは簡単だ。だが彼自身の心の問題となると、
自分はあまりに無力だ。
どれだけ身体を重ねても、彼の心の奥深くまで穿つことはできなかった。彼の中の
最も脆弱な部分に一瞬触れたかと思えば、すぐに以前より硬い殻で心を閉ざしてしまう。
もっとも、最初の出会いが出会いだ。信用しろという方が無理なのかもしれない。
ならばいっそと、愛情よりも深い憎しみで彼を繋ぎとめようとしても、
所詮思い出の中の人間には勝てないのだろうか。
(行かせない)
たとえ死の安楽を彼が求めていたとしても、どろどろの生の中で彼を生かし続ける。
夢も現実も区別がつかないくらい欲望にまみれさせて、他のことなど考えられないくらいに
責め苛んでやる。
(だから今は、どうか――)
直江は祈るような気持ちで目の前の岩を見つめていた。
作業は、夜明けと共に再開された。朝の冷気の中、立て続けに起こる爆音と共に、
岩盤に少しずつ亀裂が入る。その亀裂にさらに爆薬を詰め込み、硬い岩盤を少しずつ
崩していく。やがて半分ほどになったそれを戦車で引っ張らせるとそこにぽかりと
洞窟の入り口が現れた。
兵士達が突入する前に、灰色のフードを被った信者たちが我先にと飛び出してきた。
まるで沈みかけた船から脱走するネズミの群れだ。久々に見る太陽の光に目を眩ませ
ながらも走り出てくる彼らを押しのけながら、直江は兵士達が止めるのも構わず中に入った。
洞窟の内部は完全に恐慌状態に陥っていた。倒れ伏した仲間を踏みつけて出口に急ぐ者達、
片隅にじっとうずくまって祈りを唱える者、中にはわけのわからない言葉をわめきながら
銃を乱射したり剣を振り回す者達もいた。
立て続けの爆破で、暗い洞内はところどころ天井が崩れたり、床が陥没している。
二層目、三層目と降りていき、直江は目をこらしながら高耶の姿を探した。
下に降り、奥に進むほど人影はまばらになった。直江が一人流れに逆らうように歩いていても
何も言わない。それどころではないという感じだった。
「高耶さん!」
集会場か何かに使われていたらしい、誰もいない部屋の中で声を張り上げる。
信者達は皆怯えたように入り口へ向かっていた。
何かがあったのだ。彼らを恐れさせる何かが。
これほどの騒ぎと混乱の中、なぜ彼は出てこないのか――
考えたくもない仮定が心の中をよぎった時。一人の信者が叫び声をあげながら直江の前に
飛び出してきた。
「ウワアアアア――!」
剣を振り上げ、突進してくる男に直江が剣を構えた時、直江の三歩ほど手前で男は突然
ねじの切れた人形のようにくず折れた。
うつ伏せに倒れた男の背中には、ざっくりと長剣で切りつけたれた痕があった。
だが直江の目は、信者の背後にいた人物に釘付けになっていた。
洞窟の暗闇よりも昏い瞳をぎらぎらとさせ、肩で息をしながら血刀を握り締めている人物――
「たか・・・」
直江が言い終わるよりも早く、彼は新たな血を吸ったばかりの剣を振り上げ、切りかかってきた。
つづく
アサシン部屋