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都市や村に定住せず、独自の伝統と掟を守りながら
広大な砂漠の海を自在に駆け巡る誇り高い民族、ベドウィン――

ラクダを主な交通手段としていた時代に1日100キロもの距離を移動
していた彼らは、車と砂漠に張り巡らせた整備された道路を得ると共に
ハダリー(定住民)とほとんど変わらぬ生活を営むようになった。

そうやって純粋な「ベドウィン」が次々と姿を消していく中で、昔ながらの
スタイルを頑なに守りぬく部族もあった。

定住しない。服従しない。傷つけたれた誇りは死でもって償わせよ。

そんな彼らの元に、一人の男がたずねてくる。

 

 

「おやまあ、一体誰かと思ったよ!」

羊の皮で作られた白いテントの奥から出てきた男は、丸い顔に
丸い腹を持つ中背の男だった。今は目の前の珍しい客に、
目までまん丸にしている。こうしているとただの「人あたりの良い
おじさん」に見えるが、初対面では殺気を漲らせて剣を向けてきた
彼だ。

「ひさしぶりだな、サーリフ」

慣れた足取りで砂の上を歩きながら、高耶は数年ぶりに会った
ナジム族のシェリフに微笑みかけた。声でやはりと確信したのか、
サーリフ は両手を大きく広げて高耶をしっかと抱き締めた。

「しばらく会わん間に黒くなったなあ。かわりに髪と目の色が抜けた」

「サーリフ。これは染めたんだ」

厚い掌で肩や背中をぽんぽんと叩きながらしみじみと言うサーリフに
高耶は苦笑する。

今の高耶はまるで混血のアラブ人のようだった。肌は指の先まで
浅黒く、髪は茶色、眉毛や目の色も濃い茶色だ。少なくとも東洋人には
――ましてやイギリス人にはとても見えなかった。

サーリフは高耶を開放すると、あらためてまじまじと見た。

「ふうむ。なかなかいいが、二つ気に入らない点がある。一つは
おまえさんがベドウィンじゃないこと。もう一つは髭が生えていないことだ。
特に髭だ。どうして生やさない。もうすぐ17になるうちの6番目の息子
だっておまえよりずっと年上に見えるぞ」

このどうみてもひよっこにしか見えない男が、実はハダリーにしておくのは
もったいないほどの「男」であることはサーリフも認めている。
日頃「ハダリーに『男』はいない」というのが口癖の首長にとって、
これは最高級の賛辞だ。
だがただでさえ若く見える外見をさらに若く見せるようなことをなぜするのか。
この若者と懇意になってから、サーリフは「男の貫禄」の重要性について
たびたび説教したが、高耶はいつも小さく笑って「いいんだよ、オレはこれで」
と言うばかりだった。

妙なところで頑固なところは、どうやら今も変わってないらしい。

「コーヒーをいれよう。話は中で聞く」

 

 

「邪視教徒?奴らのところに行くのか」

コーヒーの馥郁とした香りがテントの中に立ち込めている。
が、高耶の話を聞いた途端、サーリフは表情を曇らせた。

「おまえ一人じゃ無理だ。やつらはシロアリだぞ。あのカマル山中に
どれだけいるかわからん」

高耶は地図を広げた。サウジアラビアの南、イエメンとの国境に
位置する アシール地方は、一方には砂漠、他方には
肥沃な平野を持つ、雨に恵まれた山岳地帯だ。その延々と続く
山脈の中に、教団の本拠地があるという。様々な街に立ち寄る
ことのあるサーリフの話では、この国でも東洋人が次々と姿を
消しているらしい。

「なぜ東洋人を狙うかわかるか」

サーリフは苦々しい表情でコーヒーを飲みこんだ。

「なぜ東洋人かはわからんが…とにかく儀式に目が必要なんだそうだ」

それもただの目ではいけない。「ご神体」に力をつけさせるためには
狂気を宿したままの「邪眼」をたくさん必要とする。そうして完全な
ご神体が完成したあかつきには、信者にとってすべての「悪いもの」を
その目で破壊してくれるという。

高耶は邪視教徒が潜んでいるというあたりを指で辿った。

「このあたりは遺跡があったな。構造を知っているか」

「まあ、大体はな。だが奴らもそのままでは使ってないだろうから
完全ではないが」

「それでいい。教えてくれ」

 

サーリフとナジム族の男たちと車座になって心づくしの夕食を
ご馳走になった後、高耶はその日の夜半に出発することにした。

「もっとゆっくりしていけばいいのに」

サーリフは心底残念そうだ。高耶はジープの後部座席の下に
隠しておいた銃火器類をチェックしながらまた今度な、と答える。
すぐ使える状態になっているかどうか、点検に余念のない高耶に
サーリフはなあ・・・と切り出す。

「おまえ、ワシの息子になるつもりはないか?」

これにはおもわず手が止まった。驚いて降り返ると、サーリフは
なぜかもじもじと高耶を伺い見ている。

「末娘のアーイシャがそのう…おまえのことが気になるようでな」

普通ならこれは「かわいい娘に色目をつかった」かどで刀の錆びに
されるところだ。サーリフは3人の妻たちとの間にもうけた娘達を
ことのほか溺愛し、自慢の種にしている。

高耶はちょっと笑うと、

「気持ちだけ受け取っておく。あんただってかわいい娘を早々
未亡人にしたくないだろう?」

冗談めかしてそう言って、ジープに乗りこんだ。

「じゃあな」

 

あっという間に見えなくなったジープをまだ見送りながら、サーリフは
落胆の溜息をついた。

「やれやれ、もったいないのお・・・」

 

つづく
アサシン部屋

 


高耶さんイメチェンするの巻。
もしやオヤジキラー…?(笑)
はっいやっ、決して直江がオヤジと言いたいわけではっっ(汗)