5

 

 

「かの紅の瞳の主にご加護を乞い願う
我ら従順な僕に慈悲と恵みを
しかして主と僕に害なすものには
永劫の呪いと苦しみを」

 

岩壁は中央の壇の前で燃え盛る炎を赤々と映し出していた。
炎の上には天井から吊るされた大釜がぐつぐつと煮える音を立てている。
その向こうには 千人はいるかとおもわれる群集が跪き、教主のアザーンに
唱和してひれ伏す。

中央の壇には若い女が横たわっていた。肩ぐらいまでの黒い髪、いっぱいに
見開かれた黒い瞳――東洋人である。
彼女は簡素な白い服を着せられていた。すらりと伸びた手足は黒い鉄の
拘束具がつけられていた。
充血した目は虚空の一点を見据え、がくがくと震えている。恐怖のあまり
声もでないといった状態だ。拘束された手足はびくんびくんとひきつり、
手首や足首に何条もの跡がついているが、赤剥けした擦り傷から血が滲んで
いようが、当人は気づいてすらいないようだった。

「我らが紅眼の主に栄えあれ」
「アイン・ラーム・ミーム」
「アイン・ラーム・ミーム」

教主が壇の傍らに立ち、おもむろに女の手足の拘束具を外した。彼女は
怯えきった表情で宙を見つめたまま起き上がり、ふらふらと煮えたぎる釜の
側に立った。
やや爪が伸びた両手を目の前にかざす。
次の瞬間、女はためらいもなく己の両眼に指を突きたてた。

悲鳴は上がらなかった。もし上げていたとしても信者達の唱和でかき消されて
いたかもしれない。十本の指はズブズブと眼窩に潜りこみ己の眼球を取り出そうと
する。

顔を鮮血で染め、突然電池が切れたように倒れた女の手から、教主は二つの
眼球を取り、高く掲げる。

「我らが主にこれを捧げん!」
「主よ、受け取りたまえ!」

大釜の中にそれを落とした瞬間、紫色の炎が高く立ち上った。信者達は慄いて
ひれ伏す。
洞の中の熱気はこの時、最高潮に高まっていた。

 

 

「教主様、次の殉教者のリストです。」

儀式の後、重い祭祀服を脱いで机に向かっていた教主の背中から、配下の一人が
声をかけた。ゆるやかにウェーブのかかった長い赤毛の男がこちらを振り向く。
まだ若い。30を過ぎたくらいだろうか。男らしく整った顔立ちは派手な色の髪もあって、
アラブ服さえ着ていなければどこぞのロックスターのようにも見える。実際この教団に
これだけ信者が集まってくるのも彼自身の容姿や声のよさが大きく影響しているに
違いない。そしてその双眸に宿る、危険な、狂気じみた光――

彼は部下から書類――次の儀式に使う眼球の持ち主のリスト――を受け取ると、
パソコンの画面に向き直った。
そこには一人の人物の画像が表示されている。 先日の米国大統領が訪英したときの
様子を収めたビデオに映っていた人物だ。大統領に影のようにつきそい、さりげなく
周囲に目を光らせている。

「この者は既に使用済みか?」
「は…少々お待ちください…」

パソコンを操作してデータを呼び出す。長いリストをスクロールしていき――ふとその
表情が曇った。

「アーサー・ブラッド陸軍大尉――いえ、手のものをやったはずですがまだ未処理に
なっています。この前後の者たちは皆処理されてますから、考えられるのはこの者が
死亡または行方不明だったか、あるいは」

逆に消されたか。軍人に手を出したのはいささかまずかったのでは、と部下が逡巡する
のを余所に、教主はクッ、と口角を吊り上げた。

「おもしろい」
「は…?」

彼は再び先の画像を呼び出すと、画面いっぱいに拡大した。こちらを見据える、きつい
光をたたえた漆黒の双眼を切り取り、さらに拡大する。

「まだ生きているならば好都合。目だけでなくこの身体ごとここに連れて来い。
生きのいい巫子ほど紅眼様もお喜びになろう」

部下は息を飲んだが、教主の言葉には逆らえない。ためらいの言葉を飲みこんで、
一礼した。

「承知いたしました――シバ様」

切り取られた画面の中の瞳が、挑むようにこちらを睨んでいた――

 

 

つづく
アサシン部屋


 


このシリーズって直高以外のミラキャラを出す度にすごいジレンマを感じます;;
あんま日系人出すのも苦しいし、かといってオリキャラもあんま出したくないし;;;
というわけで今回のボスキャラは信長でわなくシバ様です(く、苦しい…)。
次回はボンドガール(高耶ガール?)登場の巻〜。