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――できた!はい、お兄ちゃんにあげる。

ビロードのような芝生のうえにちょこんと座った美弥が、さっきから一生懸命なにやらつくっていたそれを
両手に持って高耶に差し出す。辺り一面に咲いている、シロツメグサで編んだ花冠だ。

――オレはいいよ。おまえがかぶればいいだろ

いまなら苦笑しながら受け取っただろうが、その頃は。男が花冠なんて女々しいものを身につけるのは
末代までの恥と思っていた。とくに美弥を守るために一生懸命だったこともあって、高耶は近所のガキどもからは
一目おかれる存在だったのだ。かわいい妹のプレゼントとはいえ、そんなものを被っている姿を彼らに見られる
わけにはいかない。
だがそんな男心を幼い美弥がわかるはずもない。

――美弥のはあとでつくるもん。お兄ちゃんのためにつくったのに・・・ひっく・・・

みるみる大粒の涙をためる美弥に高耶は慌てた。

――わかった!もらうから!はやくおまえの分つくれよっ

どこへでかけようと必ず後をついてくる、かわいい妹を泣かせるくらいなら。
男の沽券なぞに拘ってはいられなかった。ずしりと重い、白い花冠を
頭にのせると、美弥は雨上がりの太陽のように顔を輝かせた。

――美弥、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!

高耶がよろける勢いで抱きついて。
約束だからね、と無邪気にそう言った。

 

 

遠くで聞こえる、教会の鐘の音で目が覚めた。朝の冷気を含んだ日差しをやわらかく遮る
カーテンがぼやけて見えて、目尻から耳へと伝い落ちた雫に、自分が泣いていたことを知った。

(何だってあんな夢)

ずっと昔の話だ。あんなことがあったことすら忘れていた。家族の夢なんて、ここしばらく
見なかったのに。
忘れたいわけではない。だがどうあがいてももはや会うことができない彼らに夢を見た後は、
決まってざらざらと尖った砂利で心の脆弱な部分を引っかかれる心地がするのだ。
彼らはいない。たとえ彼らを殺した奴らを殺しても、彼らは還ってこない。

そのまま孤独の淵に沈みそうになる高耶を現実にひきもどすかのように、ふいにベッドサイドの
電話が鳴った。

「・・・もしもし」
『高耶さん?』

てっきり仕事の電話だと思っていた高耶は、こぼれた涙をぬぐうのも忘れて目を見開いた。
そういえば長距離電話の呼び出し音だったが。

『・・・どうかしましたか?』

顔もみていないくせに、この男はどうしてこうも鋭いのだろう。この男にだけは朝から泣いていた
などと思われたくない高耶は乱暴に涙をぬぐい、ことさら冷たい声で「何の用だ」と聞いた。

『あと一時間ほどでそちらに着きます。今日はオフでしょう?』
「何でおまえがそんなこと知って」

言いかけてしまったと口をつぐんだ。直江は電話の向こうでほくそえみ、

『私も休暇をとりましたから。誕生日、一緒にお祝いしましょうね』

それだけ言うと、返事も待たずに通話が切れた。高耶は受話器を呆然と眺める。
誕生日。今のいままでずっと忘れていた。
家族を失ってから、高耶にとって誕生日は年を取るという以外の意味をなさなくなった。
復讐と任務を果たすために黙々と働いているうちに、気がついたら過ぎていたことが
多かった。
それを今さら、なぜあんな男と一緒に「お祝い」しなければならないのか。

出掛けてやる。頑なにそう決心してバスルームに向かおうとした時、電子音が鳴った。
鳴っているのは高耶の時計だ。緊急時の通信機が内蔵されている。それは十中八九、
本部への呼び出しだ。
追い討ちをかけるように電話が鳴る。高耶はため息を殺して受話器を取った。

 

 

「高耶さん?」

合鍵を使って高耶の自宅に入ったとき、中には誰もいなかった。笑顔で出迎えてくれるとは
思っていなかったが・・・白いアラブ服を着たままの直江はため息をついて部屋を見回した。
起きたままの状態のベッドといい、つい先刻までいたような気配がする。
さては逃げられたか。と思ったその時、リビングのローテーブルに置かれた紙切れに
気がついた。

『仕事に行ってくる』

ただそれだけ。走り書きのようなそれに、何て書こうかと逡巡する姿を垣間見た気がして
思わず笑いがこぼれた。大方出かけようとか考えていただろうに、妙なところで生真面目だ。

直江は頭布をとると近くの窓をあけ、ロッキングチェアに腰を下ろした。涼しい風が皮膚の
熱をさらっていく。めったに主人が戻ることのない庭は、それでも手入れが行き届いていて
ベコニア、ペチュニア、インパチェンス、ホクシャなどの夏の花が色とりどりに咲いている。

高耶の家の庭にはそこここにバラが植えてあって、5月には見事なバラ園と化す。
高耶が好きな花――というよりは、きっと思い出の花なのだろう。そもそもこの庭自体が、
昔家族と住んでいた頃の再現なのではないか、と直江は思っている。

高耶は決して感傷に溺れるたちの人間ではない。むしろ人殺しには家族を想う資格すら
ないとさえ考えているふしがある。そうして血に染まった手で彼らのことを想う自分を責める。

直江と出会ったときの高耶は、生にも死にも執着していないようだった。任務を全うする
ことへのプライドと、それに見合った強さ。だが何より、家族と、家族を殺した敵を失った
後の孤独と喪失感の中で、彼を生の世界に繋ぎとめていたのは、この庭だったのではないか。
だが。

(あなたにはもう、必要ないはずだ)

この庭も、彼が肌身離さず持っている、おそらくは家族の形見であろう品も。
なぜなら、生き続けるために彼が何より必要としていた「憎悪の対象」が今ここにいる。
彼を陵辱し屈服させた相手。最も手ひどい方法で彼を隷属させた。
自分を見据える彼の瞳にはもはや虚無はない。あるのは見るものを虜にするほどの
禍々しく美しい憎悪の炎だ。

家族の優しい思い出も、思い出のよすがも。何もかも捨ててしまえばいい。
任務のことも忘れて、俺を追えばいい。
愛よりも強い憎悪で俺のことを想えばいい。
あの孤高な獣をすべて自分のものにできるのなら。たとえ命を代価にしたって
かまわない――

さわやかな風が小さな花たちをいとおしむようになでていく。
緑豊かな庭の側で、直江はいつしか眠りに落ちていた。

つづく
アサシン部屋へ


アサシン高耶さんおたん小説です〜。
本当はちゃんと7/23にUPするはずでした;
しかも続いてます。とりとめない話になりそうで怖いです・・・。