"Outfox"とは「出し抜く」の意。
最後に笑うのは誰か――?

 

 

Outfox

 


 さまざまな人種が入り乱れているカイロの雑踏で、その事件は起こった。

 もっとも、お世辞にも治安がよいとは言えないこの街ではひったくりや強盗は日常茶飯事だ。
人込みでも人気のない場所でも自分の身は自分で守らなければならない。
ましてやつまらぬ同情心から無関係の事件に巻き込まれていたら、命がいくつあっても足りない。

 そんなわけで、明らかに尋常ではない様子で何度も人にぶつかりながら通りを走っていても、
誰も気に擦る者はいなかった。下手に警察に通報されるよりはマシだが、逆にかくまってくれる
可能性もないということだ。

 自分と同じくアラブ服を着た、しかしあきらかにヨーロッパ系の男達が彼のすぐ後を追ってくる。
何人家の通行人を隔ててはいるものの、このままではおいつかれるのは時間の問題だ。

男は間の悪さを呪った。あと一時間もしないうちに相手の情報部員と落ち合うはずだった。
窮地を何度もくぐり抜け、予定を何度も変更しながらこれをここまで持ってきた。
仮眠すらろくにとれなかった苦労は、あと少しで報われるはずなのだ。

 このままでは一般人をまきこみかねない。男は路地裏に飛び込んだ。
幸い行き止まりではないようだ。力の限り走った。
角をまがったら応戦しよう、とそうおもった時。

 銃声と共に、男の身体が宙に浮いた。
 やられた、と認識する間に、次々と銃弾を撃ちこまれる。
男の身体はビクビクと痙攣し、ゆっくりと前のめりに倒れた。

急速に血液が失われていくのを感じながら、近づいて来る複数の足音と、銃声を
ぼんやりと聞いていた。

 

 

(銃声――?)

 足音は途切れ、銃声も止んだ。
 一人分の足音がこちらに来る。ゆっくりと。
 男は急速に暗くなっていく視界で賢明に見ようとした。白い頭布と長衣。アラブ人か。いや…

「…イギリス人…か?」

 逆光の上に、顔は半ば頭布に隠れているからはっきりわかるわけがない。
そう見えたのは己の願望ゆえだったかもしれない。

 自分を見下ろしている彼は、それには答えなかった。

「最期の祈りは?」

 きれいなクイーンズ・イングリッシュだ。
男は微笑んだ。そして文字通り死守してきたそれを懐から取り出し、震える手で相手に差し出した。

「――頼む…これを…ブラッド大尉に…」

 彼がそれを受け取るまで、しばらく間があった。
しかし差し出した手が力を失う直前に、それは引き取られた。

(俺の任務は完了した)

 男は満足げに微笑み、意識が急速に闇に飲まれていくのにまかせて静かに目を閉じた。

 


小説部屋へ 


2001年の合同誌で発表したもの。そのままです。
これを書いたとき何を考えてたっけ・・・締め切りに追われてぱにくっていたことしか
おぼえてないや・・・。