Outfox

 

最終話




 一応他人に読まれることを警戒したのか、メモにはサインも宛名書きもない。
だがゆったりとしたアラビア文字を見て直江の字とわかった。
何でおまえなんかと、とおもわなくはなかったが、意味深な誘いに思いとどまる。
何しろたかが朝食をとるのにスーツとタイが必要な場所だ。
 高耶は時計を見ると、スーツとタイを取りにいくべく、もともとの宿泊先であるホテルへと向かった。

 

 

「おはようございます、高耶さん」

 ヴィクトリアホテルのラウンジに行くと、ダークスーツに白の頭布をつけた直江が手招きした。

「アジュラーン殿、こちらは?」

 その席にいたのは直江だけではなかった。ブラウンのスーツを着た中年の男――
ロシア語なまりの英語を話すその男を、高耶は書類ではよく知っていた。

「私の友人です。仰木高耶さん。彼も同席してかまいませんか?」

 頬の赤い、恰幅のよいその男は、鷹揚にうなずいた。

「非公式の会食だし、かまわんよ。それに今朝はとても機嫌がよいのでね」

 ああ、自己紹介を忘れていた。私は――

 言われなくても嫌という程知っている。
ミハイル・ラーチン。KGBの幹部の一人だ…どうりで彼等も必死になるはずだ。
 それでも表面は笑顔をつくって、差し出された右手をとろうとしたときだった。
 高耶の目が見開かれる。
 男の人差し指には、あの指輪がはまっていたのだ。

「はじめまして、仰木君」

 まっすぐに高耶を見るラーチンの目には、どこか勝ち誇ったような光があった。

 

 

 

「待って下さい、高耶さん!」

 食事が終わるまでは表情を取り繕っていたものの、ラーチンと別れた途端、高耶の態度は急変した。
 それこそ一言も口を聞かずに帰ろうとする高耶を、直江はいささか慌てて後を追った。

「一体何を怒っているんですか」

 まじめな口調で聞いて来る直江に、高耶の眉がきりきりと吊り上がった。

「――おまえ、オレがしくじるのがそんなにおもしろいか」

 地を這うような声にも、直江は動じない。

「あなたが何をしくじったんです?」

 あくまでわからないという風にたずねかえす直江に、人目があることもかまわず襟首をひっつかんだ。

「おまえが最初からあの指輪をッ」
「ああ、指輪が欲しかったんですか」

 直江は涼しい顔でにっこりと微笑み、襟首をつかんでいる高耶の指を外した。
そして左手を取ると、薬指に金属の輪を滑らせる。

 高耶は目をみはった。嵌められたのは大きなルビーをあしらった金の指輪。
ルビーはピジョン・ブラッドと呼ばれる文字通りの真紅。
リングは言うまでもなく、高耶の指にぴったりだった。

「これは外すなとは言いませんが――身につけてくださるとうれしいですね。
もっとも…あなたの欲しい物は指輪じゃなくて台座の下にある物のようですが」

 呆然とする高耶を、ここではまずいから、と部屋に連れていった。
直江はこのホテルに宿泊していたらしい。最上階のロイヤルスイート。部屋に入るなり石を台座から外すと、
そこにマイクロフィルムが押し込まれていた。

「でもどうやって」

 偶然手に入れた指輪の中身を、おそらく前もって用意していただろうこの指輪の中に
移したということは分かった。だが指輪の中身がなくなっていたら、すぐにわかるのではないか。

「中身はちゃんと入れておきましたよ。ただ現像しても何も写ってないでしょうけどね」
「直江…」

 何と言えばいいのか分からずに直江を見上げると、直江はただし、と付け加えた。

「あなたにこれを渡したのは、イギリスのためではありません。
わたしはあなたがたの争いに一切興味はないし、むしろ近い将来敵になる可能性が高い。
それを見こしてラーチンも接触してきたようですが…相手があなたでなければ、こんなことはしなかった」
「わかってる…でも」

 ありがとう、と言いかける唇を指で止めた。

「お礼は態度で示して欲しいですね」

 指を離して近づいて来る唇を、今回ばかりは拒まなかった。

 

おわり

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おつかれさまでした〜(*^^*)書いたときにはべたべたのスパイ物をめざしたのですが
結局ラブコメ調になってしまったような(爆)。
そしてうみさまからすばらしいイメージイラストをいただきましたv
映画のポスターみたいです!ぜひごらんくださいませvv