Outfox
最終話
「おはようございます、高耶さん」 ヴィクトリアホテルのラウンジに行くと、ダークスーツに白の頭布をつけた直江が手招きした。 「アジュラーン殿、こちらは?」 その席にいたのは直江だけではなかった。ブラウンのスーツを着た中年の男―― 「私の友人です。仰木高耶さん。彼も同席してかまいませんか?」 頬の赤い、恰幅のよいその男は、鷹揚にうなずいた。 「非公式の会食だし、かまわんよ。それに今朝はとても機嫌がよいのでね」 ああ、自己紹介を忘れていた。私は―― 言われなくても嫌という程知っている。 「はじめまして、仰木君」 まっすぐに高耶を見るラーチンの目には、どこか勝ち誇ったような光があった。
「待って下さい、高耶さん!」 食事が終わるまでは表情を取り繕っていたものの、ラーチンと別れた途端、高耶の態度は急変した。 「一体何を怒っているんですか」 まじめな口調で聞いて来る直江に、高耶の眉がきりきりと吊り上がった。 「――おまえ、オレがしくじるのがそんなにおもしろいか」 地を這うような声にも、直江は動じない。 「あなたが何をしくじったんです?」 あくまでわからないという風にたずねかえす直江に、人目があることもかまわず襟首をひっつかんだ。 「おまえが最初からあの指輪をッ」 直江は涼しい顔でにっこりと微笑み、襟首をつかんでいる高耶の指を外した。 高耶は目をみはった。嵌められたのは大きなルビーをあしらった金の指輪。 「これは外すなとは言いませんが――身につけてくださるとうれしいですね。 呆然とする高耶を、ここではまずいから、と部屋に連れていった。 「でもどうやって」 偶然手に入れた指輪の中身を、おそらく前もって用意していただろうこの指輪の中に 「中身はちゃんと入れておきましたよ。ただ現像しても何も写ってないでしょうけどね」 何と言えばいいのか分からずに直江を見上げると、直江はただし、と付け加えた。 「あなたにこれを渡したのは、イギリスのためではありません。 ありがとう、と言いかける唇を指で止めた。 「お礼は態度で示して欲しいですね」 指を離して近づいて来る唇を、今回ばかりは拒まなかった。
おつかれさまでした〜(*^^*)書いたときにはべたべたのスパイ物をめざしたのですが |