Outfox
6
夜が明けてから、高耶は任務を思い出した。
あれだけ血まなこになって高耶たちを追いかけてきたということは、彼等もまだマイクロフィルムを
取り戻していないということだ。また狙われるかもしれないが、手がかりを得るまで地道に動き回るしかない。
しかしそう思っていた矢先、高耶は思わぬところから「情報」を得ることになった。
「何だって?!」
だめでもともとと、例のCIAの男を見なかったかと尋ねると、直江はあっさりと頷いたのだ。
「じゃああの指輪は…!」
「ブラッド大尉に渡してくれと頼まれました。あなた、いつのまに大尉になったんです?」
去年のクリスマスに会った時にはまだ少尉だった。
それからまだおよそ半年しか経っていないことを考えると異例の昇進だ。
だが今の高耶にとってそんなことはどうでもいいことだった。
「指輪を渡せ」
凄む高耶に直江は軽く肩をすくめた。
「捨てました」
「!何だと――ッ」
あっさりと言われた言葉に高耶は目を剥いた。
「だってあなた気に入らなかったじゃないですか。
第一、どんな事情だろうと、ひとのものに指輪を贈ろうなんて万死に値する」
「おまえが死ね!バカヤロウ!」
掴んだ襟首を思いきり突き離し、高耶は部屋を飛び出していった。
めちゃくちゃにむかついていた。
最初から知っていて何も言わなかった直江に対してももちろんだが、それ以上に気づかなかった
自分に腹を立てていた。
婚約指輪といって渡されたあの時は、他の事で腹を立てた。今おもえばあの直江がサイズの
合わない指輪などつくるはずがなかった。あのときの自分は本当にどうかしていたとしか思えない。
モーテルの周りを捜したが、それらしいものは落ちていなかった。
高耶たちがいた部屋は、裏の路地に面している。無造作に窓から放ったというから、
誰かが拾ったのだろうか。
不幸中の幸いというか、ものは指輪と特定できたから、聞きこみは幾分楽になった。
とはいえ、街じゅう聞いてまわるには指輪というものはいささか小さ過ぎる。
それでも捨ててからそれほど時間が経っていないことと、そもそも人通りの少ない時間帯だったことが
幸いしてか、眠そうな顔をしたショーパブの店員が似たようなものを見たと教えてくれた。
「うちのダンサーのヴィヴィアンがいつのまにかつけていてサ。それどうしたんだって聞いたら拾ったって」
もううちに帰って寝てるよ、という店員にチップを渡し、彼女のアパートに案内してもらった。
「キャアアアア――ッ!」
アパートの玄関を通った時に、二階から女の悲鳴が聞こえた。
ぎょっとする店員を後に、高耶はすばやく階段を駆け上がる。
つい数時間前までの行為が腰に響いていたが、そんなことにかまってはいられない。
教えられていた番号の部屋は、鍵がかかっていなかった。
鮮血を流して倒れている女の側に数人の男達がむらがっていた。アラブ服を着た白人達だ。
彼等は高耶を認めるなり銃を撃ってきた。家具の影にかくれながら応戦する。
花瓶や陶製の置き物などが派手な音を立てて割れる。
3人倒して駆け寄った。女はすでにこときれている。
右手の中指に指輪を嵌めた跡があった。乱暴にもぎとられたのか、赤い擦り傷になっている。
高耶は窓の外を見た。一人の男が走り去るところだった。
ここから撃っても当たらない。高耶は溜息をつくと、騒ぎを聞きつけた人々がこないうちに、自分も窓から外に出た。
深い失望感と共にモーテルに戻るとそこに直江の姿はなく、一枚の書き置きがサイドテーブルにあった。
『おかえりなさい。もし収穫がなかったのなら、十時にヴィクトリアホテルに来てください。
スーツとタイを着用のこと。一緒に朝食をとりましょう』
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