The Terrorist

1

 

イギリス経済の中心地、シティ――
イングランド銀行の入り口付近には、いつになく人だかりができている。

「危険です!下がって!立ち止まらないでください!」

鉄板でできた盾をもった警官たちが何だろうと足をとめる通行人たちを
必死に追い返していた。重厚な建物の中には客はおろか銀行員すらいる
気配はない。

「おい!爆弾処理班はまだか!?」
「先刻到着しました。ですが――」

 

ペンチを持つ手が震えていた。たくさんの原色のコードに囲まれた本体に
据えつけられた時計はものすごい勢いで回り続けている。ゼロに向かって
進み続ける時計はすでにあと5分をきっていた。

「何をしている!もう時間がないんだぞ!」
「無茶言わないでくれ!俺はまだヤードに入ったばかりなんだ!普通の
やり方で繋いだ爆弾ならともかく、こんなフェイクばかりの配線を切った経験
はない! 」

銀縁メガネをかけた、やや神経質そうな若い男が逆ぎれしたように怒鳴った。
できることならこのまま放って逃げ出してしまいたかった。だが爆弾は先刻から
横柄に怒鳴るこの男――この銀行の頭取の腹に固定されている。動けば
吹っ飛ぶが動かなくてもいずれは吹っ飛ぶ――そういうしくみになっている。

いつもならばスコットランド・ヤードが誇る熟練の処理班が来て危機を回避
していただろう。だが敵は今回、同時刻に3箇所を爆破すると予告してきた。
ヴィクトリア駅、グージストリート近くの病院、そしてここだ。今月に入ってから
すでに3件の爆弾テロ事件があり、何人かの優秀な人材が失われていた
上、銀行ならいざとなれば皆を避難させさえすればいい――まさかこんな形で
人命がかかってくるとは予想していなかったため、スコットランド・ヤードは
まず病院と駅を優先させた。軍にも応援を要請しただろうが、いまだ到着する
気配はない。

「くそっ、IRAめ!」

悪態をついても何もならない。時間は3分を切っている。
頭をフル回転させながら配線を切っていくが、明らかにこちらを惑わせることを
目的に繋がれた、通常の倍もあるコードにしだいに絶望的な気分になっていく。

(――間に合わないか…)

爆弾に繋がれた男がひっきりなしに喚いている。こんな男と一緒に死ぬのか。
やっと望んだ職について、これからだというのに。だがまだ人生を諦め切れない
彼の手の甲に、じっとりと冷たい汗が浮かんだ。

 

その時、廊下から人が駆けてくる足音がしたかと思うと、いきなりドアが開いた。
思わず手を止めてドアを見る。一瞬応援かとおもったが違ったようだ。
白いカッターシャツにジーンズ姿の東洋系の青年だった。どうみても十代だが、
漆黒の髪に独特の鋭い輝きを放つ黒い瞳が印象的だった。

「君、早くここからでるんだ!ここはもうすぐ――」
「あと何分だ」

鋭く尋ねられてはっと時計を見る。1分30秒を切っている。
青年はすばやく爆弾の側にかけよると配線を調べた。一瞬眉を寄せたが、

「ペンチをかせ」

有無を言わさぬ口調で命じた。思わず手渡すと、一見無造作とも思える
手つきでコードを切断しはじめた。

「おい、君――」

返事はない。固く口を閉ざしたまま、真剣な目はコードの先だけを追っている。
ペンチを渡してしまった後でこんな素人に任せてよかったのかと後悔したが、
とても声をかけられる雰囲気ではない。配線は正しい手順で切らなければ
即座に爆発する。考える間もなく切っているような青年の手つきに、彼は
気が気ではなかった。
たまらず、もういい、私がやろうと口を開きかけたとき、青年が顔をあげた。
ふうと息をつく。
まさかとおもって彼の手元を見ると、回りつづけていた時計は15秒を残して
止まっていた。喚いていた頭取もいつのまにか静かになっていた。

「動くなよ。まだ時計をとめただけだからな」

青年は淡々と言って、今度は起爆装置を外しにかかる。これまた慣れた
手つきだった。この若者、一体何者なのか。今度は時間におわれていない
せいか、作業しながら短く「軍人だ」と答えが返ってきた。どこの所属か、
名前は、などいろいろと聞きたかったが、無事起爆装置を外して頭取を
開放してやるとさっさと立ち上がった。

「ちょっとまってくれ…!」
「悪いが後はあんたがやってくれ。今日は貴重なオフなんだからな」

青年は名前も名乗らず、身を翻して窓から出ていってしまった。それと
ほぼ入れ替わりに廊下に複数の足音が聞こえてくる。

「おい無事か!?」
「爆弾は処理したのか?よくやった!」

おそらく病院や駅の方を処理して急行してきたらしい、仲間達の声を
聞きながら、彼はまだ呆然と窓の外を眺めていた。

 

つづく

アサシン部屋へ


はい、あさしんの続きです。今回の舞台はアイルランドです(一話目はロンドンでしたがv)
最初のタイトルは’I never want tomorrow’だったのですが
読みにくそうなので変えましたvvvでも↑は作中の台詞で出す予定〜(^^
ああ〜高耶さんの名前が出せなかったので欲求不満!
ともあれがんばりますのでよろしくおつきあいくださいませ〜。