The Terrorist
10
高耶が組織に入ったのは15の時だ。最年少だった彼はあらゆる厳しい
訓練によく耐えた。力や体格で大人たちに劣る分、逆に小回りや敏捷さを
武器にしたナイフの使いかたは卓越していた。千種類以上の毒薬の症状や
致死量を覚え、銃火器の扱いも熱心に覚えた。まるで何かに取り憑かれた
かのように実力を伸ばしていった。
だがそんな高耶にも苦手なものがあった。最初の2年間、どうしても
触れられなかったもの――
それは、爆弾、だった。
爆弾といっても手榴弾や砲弾類なら平気だった。問題は時限爆弾
のような爆発物の製造や処理だ。苦手などというものじゃなかった。
目の当たりにするだけでも凍りついた。全身から冷たい汗が吹き出し、
竦んだ心臓を氷の鉤爪で鷲掴みにされる気がした。
教官たちは首を捻った。高耶は決して臆病ではない。むしろ見ている
方がうすら寒くなるような闘い方を、このときからすでに身につけていた。
全ての表情を失っているかのような無表情で、訓練や実戦の間だけ
炎のような激しい表情を垣間見せた。熾火のように昏く輝いている
漆黒の瞳はとてもこの年頃の若者が持つ瞳ではなかった。
この年で、自分の命などどうでもいいとおもっているのではないか――
誰にもそう見えたために、この高耶の「弱点」は不可解としか言いようが
なかった。
高耶が17の時、新しい教官がやってきた。それが幻庵である。特殊部隊
出身で、どんな複雑な爆弾でも解体でき、逆にシャープペンシルのような
ものでもかなり破壊力のある爆弾に造りかえることのできる、爆発物の
エキスパートだった。
――家族を爆弾テロで亡くしたそうだね。
いつも爆弾の実習に出てこない高耶に、ある日幻庵は声をかけた。
高耶の肩がぴくりと震える。そのことは高耶を組織に連れてきた人物しか
知らないはずだった。
――だから爆弾は嫌いか。爆弾は一瞬でそこにいた全ての人間の人生を
吹き飛ばしてしまう。そう――銃火気やナイフは一応相手を見るが、
爆弾は相手を見ることはない。無関係な人間を、さほど良心の呵責も
なく殺してしまえるかもしれない。
――ッ!!
無神経な言葉に怒りを込めて相手を睨み据えると、幻庵は静かな表情で
それを受け止めた。
――もう誰も君のような子供を出したくないなら…無関係に殺される人間を
二度と見たくないのなら、君は知識と技術を身に付けるべきではないのか?
――…そうして奴等と同じように爆弾を造れっていうのか…!
幻庵は合点した。確かに「訓練」は解体するだけではない。実習で造らせた
爆弾を実戦で使用することも少なからずあった。高耶は怖いのだ。暗殺
組織で日に日に手を血で染め、自分が自分の家族を殺した犯人たちと
同じ人間になっていくのが。
――君は、無関係な人間を殺そうとはしないだろう?それとも、人を
殺すのは楽しいか?
――・・・
――信義を持たずに闘ってはいけない。人や信念を守るために闘うので
なければ、それは単なる殺戮になる。もっとも――正義というものは
時にとても難しい。相手にも正義があるときがある。だから、君が持って
いる恐れや疑いは、とても大切だ。君はこれからもっと強くなれる。
強くなって君の仇をうつといい。だが、何のために闘うのかを忘れては
いけない。それを忘れれば、君は憎む相手と同じ側の人間になって
しまうから。
「・・・あんなことを言っていたあなたがどうして。あなたの“信義”は
一体どこにいってしまったんです?」
「内輪」とはいっても思ったよりたくさんの人が集まった夕食後の
テラスで、高耶は幻庵と話をするチャンスを得た。だが、もちろん
再会の喜びは欠片もなく、黒い瞳には怒りの感情がとぐろを巻いて
いる。ただでさえこの瞳の正視に耐えうるものはほとんどいない。
ましてや後ろぐらいところのある人間はなおさらだ。
「・・・君は実に優秀な生徒だった」
幻庵は静かに目を伏せて言った。目もとの皺やグレーに変わった髪が
あれから経った年月を思わせた。
そして、目線が高耶とほぼ同じ高さになっていることにも、また。
「私の教えることは全て木が樹液を吸いあげるように身につけて
いったが、私の考えには最後まで賛成しなかった…この世に
信ずるに足る正義など存在しないと。
――この年になって、君の言う事が正しかったと実感した 」
高耶は驚いて幻庵を見た。一体何を言い出すのか。
彼はあの時と変わらぬ、静かな表情で高耶を見ていた。
「私は、組織に――イギリスに裏切られたのだよ」
<つづく>
<アサシン部屋へ>
だーvvv長いvvv(そうか?;;)
疲れたんで一旦切ります(^_^;)
うおーなかなか書きたいシーンにたどりつかずv