The Terrorist

12

 

その夜は内輪だけの集まりということで、それほど盛りあがる
こともなく、マグゴーマン本人が急用で早々に引き上げたことも
あって、適度に酒を入れてお開きになった。明かりがひとつ、
またひとつと消え、やがて誰もいない居間やマグゴーマンの
私室などをのぞいて全ての部屋の明かりが消えた頃、高耶と
直江は行動を開始した。高耶は動きやすい黒の上下に着替え、
着替えが入っているとみせかけたカバンに入っていた武器を
すべて装備した。直江は普通の黒のセーターにスラックスで、
見つかってもいいわけのきく格好だが、スラックスのポケットには
拳銃をしのばせている。

マグゴーマンの私室は1階の奥にあった。高耶たちの泊まっている
部屋からは玄関やふきぬけを挟んで反対側になる。
直江に言われて赤外線スコープをつけた。すると、高耶たちの部屋の
ある棟には何もなかったにもかかわらず、吹きぬけの向こうの廊下から
無数の光の線が走っている。赤外線だ。

直江は近くの壁の操作盤に暗証番号を打ちこみ、鉄板に親指を
押し付ける。ピッと小さい音がして、肉眼では見えない光の網が
消えた。

「30秒だけです。急いで」

足早に廊下を進み、曲がり角でまた同じ操作を繰り返す。こうして
何度か廊下を曲がり、先のつきあたりが行き止まりになっている
手前の曲がり角までやってきた。

「書斎は奥から3番目、私が行くマグゴーマンの私室の手前です。
私がドアを開けるタイミングに合わせてそちらのドアを開けてください。
エレベータの場所はわかってますね?」
「ああ」

正直、ここまで協力してくれるとは思っていなかった。そのまま
騙し打ちにされる可能性すら考慮に入れていたのだ。だが場所さえ
わかればいいという高耶に、直江は「あなた一人では入れませんよ」
と首を振ったのだ。暗証番号はともかく指紋や声紋照合まであると
解除するのはやっかいだ。おまけに地下に降りるエレベータは
マグゴーマンの部屋のすぐ隣の書斎だという。操作するときに
わずかなりとも聞こえてしまうだろう物音を、直江がマグゴーマンを
訪れることでごまかしてやろうというのだ。直江はそのまますこし
彼と話をして部屋に戻る。協力するのはそこまでだった。
高耶は真意を図るように直江をじっとみつめていたが、直江は冷淡
にさえ思える無表情のままだった。
高耶がそこから感情を読み取る前に、最後の廊下のセキュリティを
一時解除する。後は話をしている間はなかった。直江が先にノックを
して、頷いたのをみて、彼と同時にひとつ手前のドアを開ける。
室内は真っ暗だった。音を立てないようにドアを閉めると、小型の
懐中電灯で足もとを照らしながら奥へと進んだ。右手の壁の、奥から
3番目の棚。下から5段目にある赤い表紙の本をとると、壁に
スイッチが見つかった。押すと微かな稼動音と共にその本棚が動いた。
床についた跡をたどるように移動して右横の棚に重なり、先刻まで
ただの壁だった場所にいつのまにか小さなエレベータが一基、出現
していた。だがこのままではこのエレベータは使えない。高耶は
テープレコーダを取りだして音量を最小にし、エレベータの横にある
操作盤に押しつけた。そこにはスピーカーのようなものがついていた。
中から聞こえてきたのは英語ではなかった。心地よい低音で歌うように
朗読されているのはコーランの一節――直江の声だ。だが音を流し
たのはほんの数秒だ。ピッと小さな音を立てて、操作ボタンに電源が
入った。箱の中に入り、B1ボタンを押す。
鉄の扉が、音もなく閉まった。

 

無機質な廊下には人の気配はなかった。ぼんやりと白く光る照明が
リノリウムの床を照らしていたが、 赤外線スコープごしに見ると、
足元に所々赤外線を張っているのが見える。だがマグゴーマンの部屋の
周囲ほど厳重ではない。せいぜい跨いで通れる程度だ。
高耶は慎重に進んだ。こうした「罠」が少ないということは見張りを
おいている可能性が大だ。細心の注意を払っていくつかの角を曲がった。

迷路のような廊下を進んでいる途中、おなじく赤外線スコープをつけた
見張りに何度か遭遇したが、角でじっと息を殺すことでやりすごした。
直江に教わった道順を反芻しながら辿っていくと、やがて大きく重そうな
金属性の扉に辿りついた。たとえ爆弾をしかけてもびくともしなそうな
シロモノだ。取っ手のようなものはなく、左右の扉が歯車の歯のように
噛みあわさっていた。ドアの右横には操作板があり、数字のボタンと
鍵穴、そして指紋照合のためのガラス板がついている。

――この扉だけはマグゴーマンにしか開けられません。キーは彼だけ
しか持っていませんし、指紋も彼のものだけしか登録していません。

ドライバーで数字キーの回りの板を外し、内部に小型のデジタル時計
のようなものを取りつけた。スイッチを押すと液晶の画面上の数字が
スロットのように目まぐるしく回り出す。それが暗証番号を割り出して
いる間に、ガラス板をはずし、指紋照合の配線をいじった。

こちらに向かって近づいてくる足音がする。暗証番号はまだ割り出せて
いない。鍵はどうする?キーピックを使ってもよいが、警報が鳴る
可能性がある。それを防ぐには警報装置の配線を切らなければならない。

そうしている間に足音はすぐ近くまで迫っていた。高耶は内心舌打ちし、
ベレッタを取り出した。扉の陰で間合いを測り、足音が射程距離に入った
瞬間に撃った。

やはり赤外線スコープをつけていた見張りは心臓を正確に撃ち抜かれ、
声もなく倒れる。
そして――男が後ろ向きに倒れた瞬間、けたたましい警報が鳴り出した。

(しまった)

高耶は扉を開けることを放棄して駆け出した。複数の足音がこちらに
向かっているのがわかる。駆けながら全身を神経にして、人のいない
通路を探った。退路を塞がれたらおしまいだ。だがあのエレベータから
書斎に戻って逃げきれるだろうか?書斎はマグゴーマンの私室の隣だ。
こんな騒ぎになってそんなところから出られるのか?
いや――これだけの見張りを書斎から出入りさせることがあるだろうか。
彼等見張り用の通用口があるんじゃないか?もしあるならそっちを
探した方がいい。とにかくここにいるわけにはいかない。

目まぐるしくそんなことを考えていたせいで、注意が散漫になっていたの
かもしれない。
角を曲がった瞬間に後ろからぐいっと右腕を掴まれた。

「!」

銃を持った方の腕を引かれてとっさに左手が出た。人差し指と中指を
突き出したそれは、しかし手首ごと握りこまれた。
敵の両目を潰しそこなった高耶は両手を拘束されて相手を睨み上げ
――呆然と目を見開いた。

「何やっているんですかあなたは!」
「直江…」

マグゴーマンをたずねた後、自室に戻って休んでいるはずの直江は
叱るような目で高耶を見ている。

「部屋にはマグゴーマンはいませんでした。おそらく“基地”にいるの
でしょう。どのみちこんな騒ぎが起これば間もなく彼はここに来ます。
――エレベータの周りに人がいなくなったら、もと来た道から逃げ
なさい」

高耶は怪訝な表情で直江を見た。侵入者を捕えるとなれば、まず
退路を断つはずだ。エレベータなどすでに人で固められているだろう。
だが直江はこともなげに言ってのけた。

「入りこんだのが誰だかわかれば、警戒もとけますよ」
「まさか、おまえ――」

自分の代わりに捕まる気なのか。正気を疑う発言に高耶は呆然と
直江を見た。だが直江は冷徹な表情を崩さない。

「前にも言ったとおり、彼に対してはいろいろと便宜を図っているし、
中東のコネクションを喉から手が出るほど欲しがっている。ウバールの
王位継承者である私をみすみす殺したりはしないでしょう。
あなたはつかまれば、確実にワニの餌ですけれどね 」
「直江…」

高耶は逡巡し、揺れる瞳で直江を見上げた。だが迷っている時間は
ない。複数の足音が確実にこちらに向かっていた。
直江が高耶の肩を押す。

「行きなさい」

このままではどちらもつかまるだけだ。高耶は振り切るように踵を
返すと、そのまま後ろを見ずに廊下の向こうに消えて行った。

「幸運を――高耶さん」

しばしの間、誰もいなくなった廊下に、直江は呟く。
なぜ彼を助ける気になったのか、自分でもわからない。
彼の仕事では失敗はすなわち死だ。それは当然のことだし、
彼自身もそれは覚悟していたはずだ。

高耶にはああ言ったものの、マグゴーマンは直江の正体を知らない。
彼はただの「協力者」に全てを許してしまうような甘い男では
ない。かといって保身のために国を売るつもりは毛頭なかった。

足音は、すぐそばまで迫っている。
直江は瞑目し、静かに両手を上げた。

 

つづく

アサシン部屋へ


新年早々てろりすと(笑)。しかもまだ12月vvv
このお話はぢつわ直江受難編です。直江…ごめん…;