The Terrorist
13
降りそそぐ銃弾の雨を縫ってエレベータに向かう。角を曲がる度に機関銃を
乱射して血路を開いていく。自分がつかまって警戒が解かれてから、と直江は
言ったが、悠長に待っていられない。どのみち高耶が忍び込んだことは
ばれるだろう。直江は脱出するまでの間のわずかな時間を稼いでくれたに
すぎない。
見覚えのある廊下の角を曲がる。つきあたりにはエレベータがあるはずだ。
だがやはり追っ手はここに多く集められていた。弾丸が頬を掠めるのを感じ
ながらろくに狙いもつけずに銃を連射する。彼等が完全に倒れる前に横を
すりぬけた。
エレベータに駆け寄り、ボタンを押す。扉が開く前に右手から来た二人を
片づけ、ドアが閉まる寸前まで撃ち続けた。
ドアが完全に閉まり、箱が動き出すとようやく息をついた。
(直江…)
なぜ直江があんなことを言い出したのか、わからない。
彼にとって利になることなどひとつもない。殺されるかもしれないというのに。
――あなたは俺のものだ…。
繰り返し蹂躙された、悪夢そのものだったあの時に、繰り返し耳元に吹き
込まれた言葉。
時折彼が高耶に向ける、熱く、息苦しいまでの視線を思い出して、高耶は
耐えるように目を瞑る。
(オレたちの間には取引と――憎しみしかない。そうだろう、直江…?)
それ以外のすべてを拒絶するように、固く目を閉じて、銃ごと自分の身体を
抱きしめる。
エレベータが静かに止まり、外で重いものがゆっくりと移動する音が聞こえた。
どうやらからくりの書棚はエレベータを使わないときには元の位置にもどる
らしい。 高耶は思考を切り替えて、扉側の隅に寄った。扉が開いた瞬間に
銃口が火を吹いた。
扉の前に待ち構えていたのは一人だけだった。だが廊下の向こうは何となく
騒がしい。 高耶はしばし考え、窓から外に出ることにした。
あちこちで犬が吠える声が聞こえていた。直江が言っていた20匹の
ドーベルマンか。50mも進まないうちに最初の一匹が襲い掛かってきた。
背後から首筋に食らいつこうと飛びかかってきたところを振り向きざま
撃った。四方から襲って来る獰猛な狂犬を順番に片づけながら茂みの
多い庭を進む。 屋敷の門に通じる道でも、外壁に出る方向でもない。
高耶が向かっているのは、屋敷の裏手にある、あの池だった。
一度失敗した当日に再び進入を試みるのは自殺行為かもしれない。
今日よりも格段に条件は難しくなるだろうが、日を改めて任務を遂行する
ほうが利口なやり方だ。何にせよ、基地の場所と裏切り者の正体は
わかったのだ。ここで退却しても成果は持ち返ることができる。
だが、高耶はどうしてもここで退くことができなかった。
幻庵、途中で席を立ったマグゴーマン、そして直江――
妙な胸騒ぎが、「今日、今夜だ」と告げている。夜が明けてしまえば
何もかもが手遅れになる。そんな予感が高耶の心を駆りたてていた。
池はタールのような黒い水面に、白っぽい楕円形の月を浮かべていた。
冷たい風が影と化している茂みを揺らす。その茂みの間に、以前見た
小さな鉄の扉はあった。直江の言っていた、「ワニ用の通用口」だ。
錆びた錠に小型のプラスチック爆弾を取りつけ、距離を置く。最小限の
音しか出ないかわりに 大した威力はないものだが、古い錠はあっさりと
壊れた。開けてみると、枯草と乾いた土がこびりついた、四角い空洞が
ぽっかりと口を開けていた。ワニ用の通路だけあって、狭い。何メートル
あるのか知らないが、ここを通って地下まで行くには匍匐前進しなくては
ならない。
高耶は機関銃と弾丸ベルトを捨て、ショットガンを背中に固定した。
ペンライトを口に咥えて真っ暗な穴の中に入る。とりあえず照らされている
範囲にはワニはいない。だがいざ奴等が目の前に現れた時に果たして
この両腕は使い物になるだろうかと考えながら、高耶はどこまで続くかも
わからない狭い道を這っていった。
<つづく>
<アサシン部屋へ>
高耶さん、もしかしてよろめいてる…?(笑)
いきなり命をかける直江に気を取られるあまり、
前作でナニされたのか絶対わすれてますね(^_^;)