The Terrorist

14

 

狭い空洞はかすかに生臭い匂いがした。外のように湿気のない冷たい風が
吹きつけることがない分、通路の中は暖かいとさえ感じる。高耶は乾いた土と
枯草が散る地面を地道に這っていった。聞こえるのは身体が地面に擦れる
音とペンライトを咥えた口から漏れる呼吸音だけだ。腕の力だけで前進する
のは距離があればあるだけつらくなる。腹筋も使うので脇腹が痛くなってくる。
しかし最初から少しもペースを落とさず、高耶は着実に進んでいった。

ライトに照らされた、目の前の地面しか見えない闇の中で、機械的に
前進していた高耶の動きがふと、止まった。疲れたからではない。
ライトに照らされている地面の向こうにある闇をみつめる目が鋭く
光り、呼吸を殺して行く手を睨みすえた。

完全にこちらの音を絶った状態でなお、微かな音が向こうから聞こえて
くる。彼方の闇で何かが蠢く気配がしていた。

ズリ…ズズ…

こちらが動いていれば、まず聞き逃してしまうだろう、微かな音だった。
人間よりもはるかに軽いものが地を這う音だ。高耶はゆっくりと背中の
ショットガンを取って静かに構えた。

物音はだんだんと近づいてくる。それは音だけでなく、この通路に微かに
残っているものと同じ生臭さと、シューという独特の呼吸まで伴うように
なった。
それはライトで照らされている地面の手前で止まった。ズルズルと音を
立てながら、それは光る二つの目で高耶を威嚇するようにシュー…と
音をたてた。
しばしの間、白く光る目と闇色に煌く目が睨み合って止まった。

動いたのは、相手の方が先だった。
威嚇の声を一際高くあげて、相手は姿を現した。毒液を滴らせた
牙を剥き、真っ赤な口を大きくあけたそれは、二股に分かれた舌を
ちろちろとひらめかせながら、目の前の標的の一番柔らかそうな部分
――すなわち高耶の首筋に襲いかかった。黒と緑の斑の入った
平たい頭部がライトの範囲に入ってきた瞬間、安全装置を外す。

毒蛇の頭部が一瞬にして吹っ飛んだ。生暖かい飛沫が飛んで高耶の
頬にかかった。力を失った湿った太い紐状の死骸の上を這って通り
すぎた。相変わらず先に見えるのは通路の続きと闇ばかりだが、
こころもち通路の高さがひろくなってきたような気がする。微かに
湿った匂いに、高耶は嗅覚に意識を集中させた。 この通路の匂いと
化している生臭い臭い…いや、それよりもこれは――水の匂いだ。
さらに進むと土が湿り気を含むようになり、枯草に濡れたものが
まざるようになった。


水音が近づいてくる。臭気がより鮮明になり、水の中で確かに
何かが蠢いているのがわかる。通路の幅がわずかに広くなり、
高さに至っては四つん這いになって通れるほどになっていた。
チャプ、と水がどこかに打ちつける音が聞こえる。地面は多分に
水を含み、鉄格子の扉にたどりつくまでには、腕や腿が浸る
ほどになっていて、柵ぎりぎりのところまで行くと底は一気に
深くなり、立って腰までつかるまでになった。


錆びた格子の向こうから様子を窺う。そこはまさしくワニ用の
プールだ。ワニの姿は見えないが、時々跳ね上がる水音や
水の中に蠢く複数の気配でわかる。だがプールは人間のための
ものほどは広くなく、高耶のいるところから2m先にはコンクリートの
岸が見えた。だがあそこまで進んでいって無傷で上に上がれる
とは思えない。

がちゃん。
柵を軽くつかんでいた両手に、重い振動が伝わる。水の中で
向こうから何かが体当たりした音だ。高耶は柵の上を眺め、それから
少し離れた。柵にはチェーンがかけられ、南京錠がついている。

ショットガンで何発か撃ちこみ、チェーンを壊した。時折向こうから
ぶつかってくる力で扉が開かないように注意しつつ、柵の一番上を
掴み、腹筋を使って両足を同じ高さまで持ち上げる。身体を押し
上げる反動で扉を開いた。背から水面までは15センチもない。
何かが水面で跳ねた。錆びた扉は軋みながらゆっくりと内側に
開いた。開き切ったところで岸まで1mほど。高耶は一端両足を水面
ぎりぎりのところまで戻し、一息に柵の上に乗り上げた。

腹を鉄棒に乗せたまま、荒い息を整える。失敗してプールに落ちたら
おしまいだ。見えない敵は頭上に獲物がいることに気づいている
らしく、姿は現さないままむこうから獲物が落ちてくるのを待ち構えて
いる。 高耶は柵の端に足を掛けると、思う様跳んだ。両足は濡れた
コンクリートの岸ぎりぎりに着地し、反動で落ちそうになるのを
何とかこらえた。

だが安堵している間はなかった。
振り向きざま、背中の銃を構えて撃つ。まさに高耶の足に食いつく
寸前で動かなくなったそれは、昼間ふきぬけで見た巨大なワニだった。
ざっと水音を立ててさらに一匹が上がってくる。そしてさっき倒した
ワニがでてきた細く暗い通路からもまた。

 

皆一様に死神のような目をしたそれらは、あっというまに高耶を
取り囲んでいた――

 

つづく

アサシン部屋へ


高耶さんも大変ですが直江も大変ですV
次は直江のはなし〜V