The Terrorist

15

 

マグゴーマンの屋敷の地下から通じている“基地”は、一見どこかの
研究施設のように無駄のない無機質な造りになっている。強いて
特徴をあげるとするなら、人気のない廊下に連なるドアの横にある、
最新式のセキュリティロックだろうか。カードキー、暗証番号、二つの
鍵を同時に回すもの、 指紋照合、網膜チェックなど、部屋によって
その種類は異なるが、ほとんどの部屋には何らかの形でロックが
かかっている。

その部屋も、 指紋照合で開くしくみになっていた。だが近代的な
つくりのドアを一歩入ると、そこには中世に逆戻りしたかのような
光景が広がっていた。

窓はない。むきだしのコンクリートの壁は、かびと、何度となく
浴びた血飛沫を吸って黒ずんでいた。その上からさらに新しくとんだ
血液の、鉄分を含んだ濃厚な臭いが部屋中にたちこめていた。
照明は扉を入って両側の壁にかかっている、くすんだ銀製の
燭台に灯る蝋燭のみだ。マグゴーマンはその一つをとって、正面に
いる男の顔を照らした。

その男は木の十字架に手足を縛りつけられていた。荒縄で縛り
つけられた手首は血に染まっている。手首だけではない。白のシャツ
は無残に裂け、露になった男の全身に無数のかぎさぎのような
傷痕や火傷の痕があった。シャツの裾はこびりついた血が黒く
変色している。足首も手首と同様で床から少し浮いた状態で
縛られ、 足元に新たな血溜りをつくっていた。

柔らかな茶色の髪は何かをかけられて薄汚れ、乱れた髪が顔を
隠している。マグゴーマンは無造作にその顎を取った。
わずか数時間のうちに、信じられない程変わり果てた男の顔が
そこにあった。

「おまえも馬鹿なことをする」

無残な姿に何ら感慨を示すこともなく、彼はまったくいつもの口調で
そういった。すでにろくに焦点のあっていない目が彼を見る。だが
男の薄茶色の瞳もまた、何の感情も表さなかった。
その様子にマグゴーマンは鼻で笑う。

「あの小僧、運が良ければ基地に進入できたかもしれん。だが
それは所詮実現しなかった仮定に過ぎない。ここから逃げきれるとも
おもえんしな。私は家に入りそこなったネズミには興味はない。
それより――むしろおまえの方にこそ興味がある。
“エドマンド”、おまえは一体何者だ? 」

別に答えるとは思っていない口調だった。マグゴーマンは薄い唇の
両端を吊り上げ、右手を横に差し出した。すかさず横に控えていた
者が攻具を手渡すと、間髪入れずに。それを直江に振り下ろした。
乗馬用の鞭を加工した刺だらけのそれは、小気味のよい音をたてて
傷だらけの身体にまたあらたな朱を散らせた。

「おまえにはあの特権階級独特の臭いがする。その瞳は実権を握って
いる人間の瞳だ。おまえのおかげでずいぶんとアラブから武器を
調達できたな――アラブの王族か?」

直江は答えない。マグゴーマンはさらに鞭を振るった。別にそれで
白状させようというのではなく、声一つ上げない直江を痛めつける
ことそのものが目的のような、酷薄な笑みさえ浮かべている。

「身分を明かして…我が組織の為に国をあげて貢献すると誓うなら、
ここから開放してやってもいい。君たちの国の武器と資源は我々
にとって大きな魅力だからね」
「…た…ほうが…いい…」

声帯を潰され、ほとんど声にならない声で直江は口をひらいた。
アイスブルーの瞳をまっすぐに見据え、今度は少しはっきりした
音で繰り返す。

「…のひとを…甘く…みないほうが…いい――…ならず、ここに…」
「おまえを助けにくるとでも?」

直江は緩慢な動作で首を振った。そして――マグゴーマンを見つめて
笑ったのだ。それは挑発ともとれる、勝ち誇った笑みだった。ぼろきれの
ようになってなお、この男にどんな勝算があるのか。あるいはあると
おもいこんでいるのか。不可解な言動はしかし、マグゴーマンの嗜虐性
を煽るのには十分な効果を発揮した。

「小僧を助けて――救世主にでもなったつもりか」

さまざまな道具が並べられている棚にある、工具箱を探る。中から
取り出したのは2本の錆びた釘と金槌だった。

「ジーザズの気分を味わってみるか?エドマンド」

その一本が十字架の横木に固定された手首の先――爪のかけた
指が何本もある手の、掌の中央にあてがわれる。

 

押し殺した低い呻き声が、部屋の中にこごった。

 

つづく

アサシン部屋へ


う〜ん、てぬるい・・・でも話を進めないとv>結局そこで妥協するのか・・・。