The Terrorist
17
腹部からはピッ…ピッ…と規則的な電子音が聞こえてくる。そのひとつ
ひとつが確実に死を近づけているということを知っていながら、直江は
特に何の感慨も抱かなかった。
国は――実のところ、未だ政争の真っ最中だ。直江は自分の身分を
証明する切り札――ハマド直筆の書状や遺伝子検査の結果など
もろもろのものを揃えて自分こそがハマド前国王の第三子だと主張した。
第一、第二王子と国王をしかも他殺という形で亡くした直後の混乱を
まとめ、急を要する政務から片づけているのは直江である。実権は
ほぼ、直江の手中にあった。
だが、あくまで「ほぼ」であって「完全に」ではない。下の王子達、と
いうよりも彼らの母親である、前王の妻達の突き上げや、とりわけ
やっかいなのが前国王の忠実なる重臣達の承認で、思いの他
てこずっている。本来なら、こんなところで遊んでいる場合では
なかった。
これまでの努力が全て水泡に帰すかもしれない危険を冒してまで、
自分は何のためにここに来たのか。一体何を得ようとしたのか。
――救世主にでもなったつもりか?
国を救おうとおもったことはない。どうすれば国を維持できるか、
それ以前に明日もわからない我が身をどうやって守るか、
どううまく立ち回るかで精一杯だった。ましてや人のことなどに
関わっている余裕は露ほどもなかった。
どうしてかはわからない。だがあの瞳をみていると、自分が
培ってきたことが、すべてどうでもいいことにさえ思えてくるのだ。
偽りの地位と様々な思惑で、図らずも自らあの城でがんじ
がらめになっていたあの時、窓から入ってくる一陣の風のように
高耶は舞いこんで来た。「第3王子」の命を奪うためにやってきた
彼は、まさに夜風そのものだった。毒と刃、闇色の瞳と髪を
持つ彼は、王都を縦横無尽に駆け回り、捕えようとする直江の
両腕をすり抜けて去っていった。
リスクを承知で名乗りをあげるか、それともこのまま「宰相」にでも
なって実権だけ手に入れるか、決めかねていた直江が積極的に
政争に加わるようになったのはそれからだ。
何にも捕らわれない高耶の自由が妬ましかった。政府お抱えの
暗殺組織なとどいう、汚れ仕事をしているくせに、王族出身である
自分をも圧倒するあの誇り高さも、また。闇の中に輝くダイヤモンド
のような彼を、屈辱まみれにして汚してやりたかった。あのプライドを
粉々にしてやりたかった。だが彼をそうするのはこの自分でなければ
ならない。彼を見つけたのは自分だ。あの瞳を捕える権利は自分に
しかないはずだ。
助けてやったつもりは毛頭ない。ひとえに、自分以外の人間に
高耶をどうこうされたくなかっただけだ。高耶とて当然、恩になど
きていないはずだ。そんなもので彼を縛ることができるとはおもって
いない。その非情さこそが、彼の自由の切れ味となっているのだから。
ピチャ…ピチャ…という重い足音と同時に、何かを引きずる音が
近づいてくる。厚い金属のドアは、人ひとり分が出入りできる
くらいに開いていた。あの男は何の為に開けていった?脱出する
チャンスを与えるため?――いや、そんなものは万にひとつもない。
両手両足は縛りつけられ、両掌は釘で打ちつけられている。腹に
つけられた爆弾はあと5分くらいしか持たないだろう。万一奇跡が
起こって手足が自由になったとしても、動けば爆発する類の爆弾
かもしれない。
暗闇に慣れた目には眩しい、ドアの向こうから、音の主が姿を
現したとき、直江は男がドアを開けていった意図を悟った。
逆光になっていたが、リノリウムの床に重い身体を引きずって
現れたそれは、獲物をねらうように長い口端から唾液を垂れ流し、
まっすぐに直江のいる方へ向かってきた。
血の臭いにひかれてきたのだろう。直江の身長を超える大きさの
死神は、直江のすぐ近く――縛られたまま未だ血を流している
むき出しの足もとのあたりまでやってきた。
(なる程。足首を食い切られれば、確かに足は自由になるな。)
皮肉気にそんなことを考え、来る激痛を待った。
鋭いたくさんの歯列が肉をはさむ感触を足首に受けた、その時――
「――ッ!」
バスッ…という音が数度聞こえると同時に、足首に引っ掻かれるような
痛みを感じた。重いものがドサリト落ちる音がして、それきり何の
衝撃もおそってこなかった。
人の気配に、直江は再びドアに目を向ける。
やはり逆光で影しか見えなかったが、誰だかすぐにわかった。
いや――目では認識したものの、心ではまさかと思った。
出血で意識が朦朧とするあまり、とうとう幻覚をみたのかと。
「…なぜここに…?」
それでも確かめたくて、影に問うた。死に際の老人のような、
ひどい掠れ声だ。とどうでもよいことを考えた。だが確かに、
今際のきわにみる幻覚としては悪くない。
するとその影は嬉しい事に、すばらしく乱暴な口調で直江の
問いに答えてくれた。
「アラブの王子がいいザマだな、直江」
全身泥と汗と擦り傷だらけの高耶は、悪びれなくそう言うと、
火を吹いたばかりのショットガンの銃口を上に向けた。
<つづく>
<アサシン部屋へ>
ちょっと高耶さん…助けてもらっといてそれはあんまりじゃ…vvv
やっぱほだされても根にもってるのかしら…いろいろと;