The Terrorist

18

 

高耶はショットガンを足元に置くと、直江の腹部につけられている爆弾の
時計を確かめ、厳しい表情になった。表示はすでに5分を切っている。

腰に巻きつけていた、細長いポケットのたくさんついたベルトからドライバー
を取り出し、素早くネジを外す。ペンチを取り出して配線を確かめながら、
一見無造作に切っていく。

必要な配線の倍以上ある複雑な造りだ。まずトラップにあたる全ての
ダミー回線を正しい順番で切断していかなければならない。ダミー回線は
そのまま切るとタイマーを無視して爆破するようになっている。作業は迅速さ
の上に注意深さをも要した。

配線を切る順番は基本的にはどれも同じだ。だが必要な配線の他に、解除
を妨害するために罠を仕掛けている場合は当然てこずることになる。配線には
どうしても作った人間のくせが出るため、以前に同じ人間が作ったものを
解除したことがあれば、作業はずっとやりやすい。しかも、高耶は幻庵
のつくったものをずっと間近でみてきたのだ。イングランド銀行の爆弾を
みたときにも、どこから解除すればよいかはすぐにわかった。

しかし、全体の配線の3分の2ほどを切ってしまった後もなお、高耶の
表情は緩まなかった。 その表情にわずかに焦りの色が滲んでくる。
額に流れる汗が頬をすべり、顎を伝って落ちた。あのロンドンの爆弾
よりも数倍手ごわい。時計は容赦なく回りつづけるにもかかわらず、
なかなか導火線にたどりつくことができなかった。ダミー回線を切る前に
まずそこに電力を供給している線を、その線もまたダミー回線である
場合はさらにそこに電力を供給している回線を切っておかねばならない。
切ると補助回線が働くものもあるので一瞬たりとも気が抜けなかった。

残り1分を切った時、高耶の手が不意に止まった。
残った線は2本。どちらも信管に繋がっている。一つはタイマーと連動して
信管の中の火薬に電力を供給する“本物”の回線、もう一本はダミー
回線だ。線の色はいずれも赤。この爆弾の配線にはすべてこの色が
使われていた。線の色を変えるのは、複雑な配線をするときに
作っている本人が間違えない為だが、確かに幻庵ならこのくらい
目をつぶっていてもやってしまうだろう。

決断できぬまま、残り1分をきった。
補助回線がついていない、最後のダミー回線と本物の回線は、
たいていはその微妙なつけかたの違いで見分けることができた。
だがこの2本はそんな高耶の癖を見透かすように、表面上は
寸分変わりなく、巧妙に信管と繋げられていた。

7割くらいの確率で見当はついていた。だがいつものような確信は
ない。残りの3割がそっちじゃないと警鐘を鳴らしているような
気がする。

ダミーを切ったらその場で終りだ。だがこのままでも確実に終りは
やってくる。かかっているのは人命だ。自分とこの男だけではない。
自分にはまだここでやるべきことがある。

自分が幻庵だったら――と高耶は考える。どっちに本物を据える
だろうか。
幻庵は、果たして高耶の師であった時のままの幻庵だろうか。

高耶は凍りついて、目の前の時計が恐ろしい勢いで0に向かって
いくのを凝視する。

 

「高耶さん」

頭上からかけられた声に、高耶は顔を上げた。
鳶色の瞳が、静かに高耶を見降ろしていた。

「私は“明日”なんてどうでもいいんですよ」

全身傷だらけになりながらも、直江は微笑んだ。

「今、この瞬間に悔いがなければそれでいい。かつて明日の
ことばかり考えて身動きがとれなかった私をそんなふうに変えた
のは他ならぬあなただ。
だから――あなただけでも、早くここから逃げて下さい」

高耶は驚いて直江を見た。直江はひどく穏かな表情で、諭すように
高耶を促す。

「時間がありません。早く」

時計は10秒を切った。

あと9秒…8秒…

呆然としていた高耶の瞳に光が戻った。挑むように直江を見て、
不敵に口端を上げる。

「ひとりでカッコつけんじゃねーよ、バカ」

 

 

5秒…4秒…

高耶はペンチを持ちなおした。
最後の一本――最初に選んだものとは反対の方の線を取り上げる。

2秒――

1秒――

パチン、と音を立てて、最後の線が切られた。


つづく

アサシン部屋へ


は〜これ書くために時限爆弾の作り方検索しちゃったよ…みつからなかったけど(爆)
といふわけで、構造はテキトーですのであしからずv