The Terrorist

20

 

警報はけたたましく鳴り続けていた。
常時5、6人はつめているセキュリティルームには、今は二人しかいなかった。
基地と屋敷の内外をくまなく監視するモニターが正面の壁一面に並んでいる。
がらんとしたこの部屋とは対照的に、モニターごしにみる各所では、スタッフ
ジャケットを着た人間が忙しなくうろうろしている。

「おい、そっちはどうだ」

庭と屋敷の中を映すモニターを見ていた男が、基地内の方を見ていた仲間に
声をかけた。

「いや。さすがにこの基地内にはいないとおもうが」

いたらとっくにつかまっているはずだ。逃亡者のひとりはろくに歩けないほど
の怪我を負っているという。

「庭のどこかに潜んでいるんじゃないか?さすがにここから庭の全部は
見れないしな 」

どこかのんびりと、基地内のモニターを見ている男が答える。余裕があるのは
逃亡者が絶対に逃げられないという確信があるからだ。庭の監視カメラが
万全でないのは、庭の構造上の理由ばかりでなく、カメラより有能な番犬が
いるからだ。よく訓練された彼らは、「不審者」を手加減なく噛み殺す。基地や
屋敷の人間ですら、日が沈んだ後に庭に出ようなどという命知らずは
いなかった。

「まあ見つかるのは時間の問題だな――警報はもういいだろう。うるさくて
ろくに話もできない」

小便してくるわ、といって最初に声をかけた男が部屋を出て行った。
変わりばえのない基地内のモニタを眺めながら、そういやトイレには
さすがにカメラはついていないな。とふとおもった。しかしモニター内を
うろうろしている者達が何度も見回っているだろう。取り逃がしたと
あってはマグゴーマンが笑って許すはずはない。自分達のうちの
何人かは確実にミンチにされてワニか犬の餌だ。

温度のない、アイスブルーの瞳を思い出して、男が身震いした時、
ふいに人の気配がした。
考え事をしていたせいか、足音がしたはずだが気づかなかった。

「ずいぶん長かったな。トイレで居眠りでも――」

男は最後まで言い終ることも、振り返ることすらできなかった。
侵入者は喉をぱっくりと切り裂かれたまま絶命した男には
見向きもせず、機器類を一瞥すると迷いのない動作でコンソールに
指を走らせる。映像は中央管制室にも送られているはずだ。
モニターを操作し、さらにキーを打って必要な情報を得ると、
彼は入ってきたときと同じく、まったく足音を立てずに部屋を
後にした。

 

《1号機、2号機――発射準備を開始します》
《攻撃目標、ロンドン、OH 43140 緯度39.90、経度 -83.44 》
《着弾時刻をセットしてください》

天井はぽっかりと穴を開け、星空を見せていた。その真下には
2機の核ミサイルを中心にマグゴーマンの部下達が忙しなく
動いている。

「――何か言いたそうだな、幻庵」

その様子をガラスごしに一望できる中央管制室で、マグゴーマンは
後ろの東洋人を流し見た。

「本部から通達が来ていただろう。勧告に従わない場合は
ここを組織から外すと 」
「ふん」

幻庵の言葉をマグゴーマンは鼻で笑った。

「臆病者どもめ。結局イギリス政府と正面からことを構えるのが怖いのさ。
勧告も何も、最初からいざというときには切り捨てるつもりだった
くせに笑わせる。「組織とは関係のない」過激派集団として処分すれば
向こうの機嫌をそうひどく損ねずにすむからな」

淡々と語る口調には、別段怒りも感じられない。もともとIRAの信条に
同調して組織に入ったわけではないから、裏切られたという気もおこらない
のだろう――もっとも、この男がそんな人間的な感情を持っているとも
おもえないが。

《着弾時刻、1970年12月25日、0:00…》

女性の音声によるアナウンスが淡々と経過を告げる。
その音声以上に冷えた瞳に嘲りの色を浮かべ、マグゴーマンは
苦い表情をした玄庵に告げる。

「わかるだろう。おまえの望む絶対の保証などどこにもない。誰だって
自分の保身の為ならいくらでも裏切る。おまえのようにな。
役に立つうちは使ってやる。ひとのことより自分のことを心配するんだな。
今日忍び込んだネズミ2匹はおまえが責任もって始末しろ。ワニ達の
明日の朝食になりたくないならな」

幻庵は表情を強張らせると、何も言わずに退室した。それを見送ろうとも
せず、マグゴーマンはふたたび眼下の白い兵器に目を落とす。

 

《秒読みを開始します――発射まで、あと30分です…》

 

つづく

アサシン部屋へ


ってことは今は12月23日11:30なのね…ううう;;;
2月までにおわるのかしら、これ・・・(~_~;)