The Terrorist
21
非常ベルはいつのまにか止んでいた。最新のセキュリティを誇るこの
要塞に無謀にも侵入しようとした者が捕えられたという報告はまだ
にわたって追っていれば、緊張を持続させるにも限度があるというものだ。
「ぐ…ッ」
わずかな油断を見逃さず、また一人廊下に倒れた。高耶は動かなくなった
男のポケットを探り、銀色のカードを抜きとると、入り口の挿入口に差し込み、
暗証番号によるロックを解除する装置を取りつける。電卓のような形をした
それのデジタル表示部の数字は、セットした途端にめまぐるしく回り、5秒
も待たぬうちにロックが解除される。誰もいない廊下をひた走った。警備室で
見た基地内の見取り図を頭の中でたどりながら、いくつもの分岐を迷う
ことなく進む。
(確かここを曲がれば)
この建物の中枢エリアに至る扉があるはずだ。
基地はいくつかの層に分かれていて、要所要所に他よりも出入りの困難な
扉がおかれており、それを突破するごとに――つまり、中枢に近づくごとに
人に出くわすことが確実に少なくなっていった。高耶にとってそれは好都合
であると同時にやっかいなことでもあった。 セキュリティの厳重なドアは
無理矢理こじあけるよりは、許可された人間が所持しているカードを
使った方が速いし確実に決まっている。だがそこに出入りしている人間が
いなければ奪うこともできない。
(地道に解除するか)
あまり時間はかけたくないが、プラスチック爆弾をつかうよりはリスクが
低い。今まで通ってきたものよりも格段に手ごわそうなロックに、
覚悟を決めて手をかけた時――
「やめたほうがいい」
聞き覚えのある声に、高耶の表情は一瞬強張り――ゆっくりと振り返った。
「そのロックはネジ一本外しただけで管制室の警報が鳴るように
なっている。しかもここでは気づかないうちにだ」
「…幻庵」
かつて師と呼んだ人物は、懐から銀色のカードを取り出した。
幻庵のIDカードだ。
「これを使えば扉は開く。確実に通りたければ私をたおして奪えば
いい――もっとも、そう簡単にやられたりはせんがな」
高耶の目がすっと細くなった。
「今のあんたがオレに勝てるとおもうのか」
高耶の不遜な言葉に、幻庵はただ苦笑するだけだった。確かに
今なお高耶と張り合えるだけの技をもっていたならば、当局に
見捨てられることはなかっただろう。
「確かに素手では私に勝ち目はないかもしれない。だが私には
これがある」
幻庵は幾分着込んでいるかのように見える黒のジャンパーの前を
開けていった。襟のあいだから露になっていくものを見て、高耶は
目をみはった。
「ばかな…」
「これくらいしなければ君を止めることはできない。それくらいは
わかっているつもりだ。だがいくら君でもこのピンを抜く前に私を
絶命させることはできまい」
胴を囲むようにびっしりとぶら下がった、円筒型の手榴弾。その
ピンのひとつに幻庵の節の太い、荒れた指がかかっていた。
おそらくそれひとつを抜けば、全てが連動して爆発する仕組みに
なっているのだろう。銃で撃ち抜いたとしても、ナイフで頚動脈
を狙ったとしても、その一動作で幻庵はピンを抜くだろう。
爆発すれば、もちろん高耶も道連れだ。
幻庵は深い眼差しで高耶を見た。言葉よりも目でものをいう
人だった。 決して講釈を押しつけるわけではなく、自分の
背中をみせて学ばせようとする人だった。たとえ裏切り者と
なり、よりによって弟子に追われる身となっても、いつも静かな
覚悟を湛えたこの瞳だけは変わらない。
「ここに来たのは、別に命が惜しいからではない。だができれば
君までここで死なせたくはない。こんなところで無駄死にするよりも
君を待っている人間のことを考えてやるべきではないのか」
おそらく、この時幻庵は自分の優位を確信していただろう。
技はあるが、かつて爆弾をさわることすらできなかった高耶だ。
まだまだ未熟な、負けず嫌いの弟子を諌める気持ちがあった
かもしれない。
「――そんなことでオレが怯むとでもおもっているのか」
何の前触れもなく、風が空を切った。幻庵の顔から表情が
消えた。
「だからあんたは甘いんだ」
ぼとり、と重いものが落ちる音が2度、聞こえた。
幻庵は虚ろな目で高耶を見たまま、ゆっくりと身体を傾げた。
頚動脈と、腕から先の部分を失った両腕から間欠栓のごとく
血を吹き出しながら、床に倒れていく。その先にはピンを抜く
間もなく切り離された左手と、カードを握ったままの右手が
ばらばらに落ちていた。
(あれから変わったのはあんただけじゃない)
爆弾を見る度に失った家族を思い出したり、仲間を手にかける
ことを躊躇する「心」を持ち続けるには、あまりにいろいろなことが
ありすぎた。
すべては生き延びるために。
血の海の中にあるカードを拾い上げ、かつて師匠と呼んだ
男をしばし見つめた後、高耶は最後の扉――基地の中枢へと
足を踏みいれた。
<つづく>
<アサシン部屋へ>
うわ〜〜一ヶ月ちかくほったらかしてすみませんでした〜〜〜;;;
いったい今は何月…あああ;;;
でも次でやっと最終対決です。どうぞエンディングまで
おつきあいくださいませ〜。