The Terrorist
22
<発射まで、あと15分30秒>
機械による音声が無機質に残り時間を読み上げている。壁を背にしながら
銃を向けてくる者たちを次々と倒していく。ベレッタの残りの弾数を計算に
入れながら、倒した敵の武器を拾って撃ち続けた。
最後の一人を倒して角を曲がるとすぐに両開きのドアがあった。幻庵の
カードを使うとそれは音もなく開いた。
すぐには入らず、掌に収まる大きさの小瓶を蓋を外して投げ込む。
カシャンとガラスが割れる音が小さく聞こえた。ポケットから大きな黒い
ハンカチを取り出すと、顔の下半分を覆った。薬品の類は高耶には
ほとんど効かないが、極力吸い込まないに越したことはない。
10秒程してから部屋に入ると、4人の人間がそれぞれの持ち場で倒れ
伏していた。下の作業場が一望できる、正面のガラス窓の前に一人。
基地と屋敷すべての部屋を監視している無数のモニターの壁の前で一人。
そして部屋の中央にある、様々な機械が並んだ机にそれぞれ座ったまま
意識を失っている人間が二人。
高耶はそのうちの一人が座っている場所に近づいた。正面の大きな
モニターにはアイルランドとイギリスを中心とした地図が映し出され、
二箇所が赤く点滅していた。一つはダブリン――もう一つはロンドンだ。
<発射まで、あと9分45秒>
地図の下に表示された時計は恐ろしい勢いでゼロに近づいている。
高耶はキーを叩き始めた。
一度設定されたものを変更したり解除する権限は、ここではおそらく
マグゴーマンにしか与えられていないだろう。しつこくパスワードを
求めてくる画面に、彼に関して得た情報から考えられる限りの
単語を打ち込んでいく。
両親の名前、出身地、ペット、趣味
ワーグナー…
――私は強い者が大好きだ。
その単語が思い浮かんだのは、本当に偶然だった。
《N・O・T・U・N・G》
ピッ、と軽い音を立てて、画面が変わった。
オーディンがジークムントに与え、その息子ジークフリートによって
オーディンの世界を支配する槍をも打ち砕いた霊剣、ノートゥング。
いかにもあの男が好みそうな言葉ではないか。
<発射まで、あと4分30秒>
ぐずぐずしている間はなかった。すさまじい勢いでキーを叩き、
設定の解除にかかった、その時。
後ろで動く風を感じる前に、無意識に頭を下げた。
一瞬前まで高耶の頭があったところ――モニターが吹っ飛び、
ガラスを突き破った。
「!」
振りかえる間もなく高耶は床に転がった。転がりながら、2度目、
3度目の攻撃を間一髪でかわす。
相手の顔も、凶器も見る余裕はなかった。何か大きくて重い鈍器
を振り下ろしているのはわかる。それを一度でもよけそこなえば
高耶の頭部は瞬時につぶれた肉塊と化すだろう。しかも、それほど
重いものを振りまわしているにもかかわらず、攻撃は異常な程
速かった。
「ゥ…ァ――ッ!」
隅に追いやられた高耶は、幾度目かの攻撃でついに避けきれず、
それが肩に触れた。
熱い痛みが脳天を突き抜け、たまらず床に蹲る。
すかさず腹を蹴り上げられた。高耶の身体は宙を飛び、機械に
激突して投げ出された。
左肩が不自然にだらりと下がり、口から多量の血が吐き出される。
しかし意識を手放す間もなく乱暴に襟首を掴まれ、引き上げられた。
「よくここまで入りこめたものだ。むしろ誉めてやってもいい」
視界にはアイスブルーの瞳が映っていた。これから切り裂く
実験動物を観察するような目だった。かすむ目を必死に見開いて
こちらを見ようとする黒い瞳に、マグゴーマンは口端を吊り上げる。
「いいカオだ。ここまで来た褒美に天国と地獄をみせてやろう――
本当の地獄へ行くまえに 」
有無をいわさぬ逞しい両腕が高耶に伸びた。
あっというまに衣服が引き裂かれる。
己が狩った獲物に跨るように、大きな影が高耶を組み敷いた。
<つづく>
<アサシン部屋へ>
高耶さんぴーんち!