The Terrorist
23
端切れと化した服から露になった肌の上を、無骨な手が這っていく。
汗でしっとりと濡れたきめの細かい肌の下では抵抗する度に程よく
締まった筋肉が動くのが分かる。
「東洋人は肌が綺麗だというが本当だな」
感心したように呟くマグゴーマンの目には、しかし欲望の色はない。
むしろ毛皮を剥ぐ動物の品定めをしている目、だろうか。それほど
がっちりとおさえこまれているわけでもないのに男の腕から
抜け出せない焦りに高耶の額にじっとりと汗が浮かぶ。
男の手が下肢に向かい、滑らかな肌の感触を舌で確かめようと
いうのか、顔を寄せてわずかに身を屈めたほんの一瞬、隙が生じた。
高耶にはそれで十分だった。
「ッ!」
男の胸に思いきり膝を入れて転がる。マグゴーマンが身体を起こす前に
体勢を立てなおし、顎の下を狙って続けざまに蹴りを入れた。だが頑強な
身体はなかなか床へ沈まない。それどころか逆に足を取られ、再び
床に引き倒された。
「ゥ…アアア――ッ!」
脱臼した左肩をまともに掴まれ、高耶は思わず声を上げた。頭の芯に
直接響く激痛に意識が霞みかける。脂汗が滝のように背を伝った。
「どうした、それで終りか。イギリス情報部も質が落ちたな」
いたぶるように肩を掴んだ手に力がこめられた。激痛に歯をくいしばり
ながら、黒く輝く双眸で男を睨みつける。その瞳の力の強さに、圧倒
されはしないものの、少なからず男の興味をひいたらしい。氷の色の
瞳が、高耶の瞳とまともにぶつかった。
その一瞬で十分だった。
「!」
一瞬の金縛りに、男の表情が驚愕を刻む時には、すでに勝負は
ついていた。
脇腹にナイフを突き立てられたまま、マグゴーマンの顔はみるみる
怒りに染まる。
「…き…さま」
「殺しにルールはない」
マグゴーマンの額に照準をあて、ベレッタの引き金を引こうとした時、
ブンッと空気が鳴って高耶の行動を阻止した。
振りまわしているのは、拷問部屋にあった砲丸より一回り大きな鉛球だ。
先には長い鎖がついている。その昔囚人の足などに繋いで脱獄防止に
使われていたものだが、鉛だからそうとう重い。それを腹にナイフを刺した
状態でふりまわしているのだから尋常ではない。まさに手負いの獣の
状態だった。
高耶が避けるたびに、側にあった機械が破壊されていく。外殻が割れて
内部が剥き出しになり、配線がショートしてバチバチと耳ざわりな音を
立てていた。
(こいつ、完全に狂ってる)
攻撃を避けながら、高耶の目が壁際にあるレバーを捕える。電圧調整
の為のレバーだ。屈みながら近くにあった椅子を逆に掲げる。飛んできた
鉛球を鎖ごとからめとり、素手になったマグゴーマンの頭を横凪ぎに
殴った。男の頭が椅子ごと配線の中に突っ込んだとほぼ同時に壁際に
かけより、そこにあったレバーをすべて一番上まで上げた。
「うおおおおおお――ッ」
機械に頭を突っ込んだまま、マグゴーマンの身体が打ち上げられた魚の
ようにびくびくと跳ねた。そのまま抵抗する術もなく跳ねつづけ――やがて
レバーを元に戻すと、完全に力を失って機械からだらりとぶら下がった。
肉の焦げたような嫌な匂いが鼻をついた。
<発射まで、あと1分30秒>
高耶はコンソールに駆け寄った。時間がたったせいで画面が元に戻って
しまい、もう一度最初からやり直さねばならなかった。管理画面を呼び出し
ミサイルの発射処理の中止を命令する。高耶と機械の間でしばらく問答を
繰り返し、じりじりするような待機時間を経た後、ようやく機械が答えを出した。
<ミサイル発射処理を、解除しました>
しかしほっとする間もなかった。発射解除のアナウンスが終らぬうちに
警報が鳴り出し、急に照明が落ちた。
<緊急避難命令。この建物は5分以内に爆破されます。構内に残っている
者は速やかに避難して下さい。緊急避難命令…>
高耶はぎょっと目を見開いた。高耶は何もしていない。誰かがこの基地の
自爆装置を作動させたのだ。
(一体誰が)
おそらく、そんなことができる人間は限られている。高耶はマグゴーマンの
死体のある方を振り返り――凍りついた。
配線の中に埋まっていたはずのマグゴーマンの顔は、高耶の方を
向いていた。血にそまった顔で、瞳孔が開ききった両目をカッと見開いた
まま、高耶を凝視し、薄く開いた口の両端は…笑っていた。
だらりと下がった左手のすぐ側には、赤いボタンがあった。
「ふん…これで手間が省けたぜ」
どの道この基地は破壊するつもりだったのだ。
高耶は口端を吊り上げると、身を翻して退路に向かった。
<つづく>
<アサシン部屋へ>
うーん。うーん。アクションって難しい…。
次回はようやく(でもちょこっとだけ)直江がでてくるかな?