The Terrorist

3

 

「役立たずめ――始末しろ」

屈強な男達に引きずられ絶叫する男に、彼は振り向きもしなかった。
ドアが閉められ、室内に再び静寂が戻る。

「だから言ったでしょう――雑魚では相手にならないと」

それまで部屋の調度品の一部のように沈黙していた男が口を開いた。
その口調は微かに笑いを含んでいる。それをどう受け取ったのか、
窓の外を見ていた男は苦虫を噛み潰したような表情で振り返った。

「確かに、少しは腕が立つようだな。だが警戒するほどの人物とも
思えないが?」

ジョージ・マグゴーマンはアイスブルーの瞳を相手に向けた。ブラック
スーツにホワイトタイという格好のせいか、見るからに凶悪テロリスト
という雰囲気はない。北方の血をひいているらしく体格が良く、髪の
色も色の薄い金髪だ。だが瞳の色の薄さはこの男の冷酷さをそのまま
映し出しているようだ。

おなじく礼装姿に身を包んだ直江は、いぶかしむマグゴーマンに
――あるいはここにいない誰かに向かって――謎めいた微笑を
投げかけた。

「まあ、お手並み拝見といきましょうか――」

 

 

夜7時を過ぎると、高耶の泊まっているグレシャムホテルの前に
高級車が次々とすべりこんできた。中からはいずれも上等の黒い
スーツにホワイトタイをしめた男と色とりどりのカクテルドレスに身を
包んだ女のカップルが入り口に吸いこまれていく。今夜のパーティに
招待されているのはいずれも政治家やその関係者だ。 立食式の
テーブルには所狭しと料理が並べられ、給仕は客たちにぶつからない
ように細心の注意を払いながら酒を運んでいた。岸壁にぶつかって
はじける海の泡のような会話の断片が、そこかしこで聞こえてくる。

「・・・あなた、おひとり?」

声をかけてきたのはラメの入った黒のドレスを着た女だった。ふさの
ついた胸元と細い肩紐が柔らかな女性のラインを強調している。
細い首筋が露になるように亜麻色の髪をアップにし、綺麗にカール
させている。年は高耶よりやや上か。彼女はみつめかえす高耶に
にっこりと微笑んだ。

「一曲お願いできないかしら」

この女の顔には見覚えがあった。
優雅に差し出された白い手に、高耶は自然な動作でくちづける。

「喜んで」

 

覚えのある視線だった。
微量の電気が走るように、最初気づかなかったそれはちりちりと
高耶の首筋を刺激した。ダンスエリアであたりさわりのない
会話を挟みながら踊っていた高耶の表情が次第に強張ってくる。

「…サー…アーサー?どうしたの?」
「あ…いや――」

不思議そうに声をかける彼女に、高耶はかろうじて笑顔を見せる。
だが平常心を保とうとしても、視線はますます無遠慮に高耶に
纏いつく。まるで全身を裸に剥かれ、視姦されているような――
高耶はとうとう我慢できなくなって振り向いた。

「――ッ!」

視線の主は、すぐにわかった。人込みの中で真っ直ぐ高耶だけを
見ているその男――

(なんであいつが…ッ)

忘れるはずがなかった。高耶にこれ以上ないほどの恥辱を与えた
男――両親と妹の仇をうって以来、はじめて私怨で殺したいと
思った男だった。
直江はなぜか、怒りを含んだ視線で高耶を見据えている。

「グエンダ…あいつは…」
「ああ、エドマンド・ジョーンズ氏ね。イギリスの貿易商よ。中東方面
にルートを持っているの。あんなにいい男なのに、まだ独身なんです
って」

半ば硬直している高耶の注意を引き戻すように、グエンダは彼の首に
腕を回し、顔をこちらに向けさせた。ほのかに香水が香る顔を近づけ、
耳元に囁きかけた。

「ねえ…どこか二人きりになれるところに行きたいわ。そうしたら――
《あなたの知りたいこと》を教えてあげる・・・」

高耶は女に視線を戻した。先刻までの「ただの上流階級のご婦人」の
面影はどこにもなかった。ブルーグレーの瞳を猫のように光らせ、
明らかな誘惑の意図を持って高耶を見つめている。女は高耶の欲しいものを
よく知っていた。

「キスして、アーサー」

自分が切り札を持っていることを確信している女は、勝ち誇ったように
高耶に要求する。首筋に痛いほどの視線を感じながら唇を重ねた。
もっと深く得ようと、ほっそりした白い腕が高耶の首に絡みつく。
やがて満足した女と共に会場を出るまで、息苦しい視線はずっと
高耶を離さなかった。

 

つづく

アサシン部屋へ


・・・あああ直江がvvvこわいようvvv