The Terrorist

9

 

屋敷の中は少々蒸し暑い。その理由は屋敷のふきぬけの下にあった。
屋敷の中央に直径5mほどの円形のプールがあり、浅く水が張ってあった。
訪問者は1階から3階までの螺旋階段から「それ」を見物できる
ようになっている。 現在1階の手すりごしに、至近距離でそれを
見ている高耶達の目の前で、血のついた大きな肉の塊が放りこまれる。
と、それが放物線を描いて落下する前に、それらは先を争って大きな
長い口を開け、獲物を勝ち取った一匹がひとのみで飲みこんだ。続けて
放りこまれる肉隗もたちどころに他の仲間達の口の中に収まっていく。
中には餌を奪い合って壮絶な闘いを繰り広げているものたちもいる。

マグゴーマンは薄いアイスブルーの瞳を満足そうに細めてその光景を
堪能し、 プールに目を向けたまま、二人に話しかける。

「美しい光景だ。そう思わないかね?私は強いものが大好きだ。
人も動物も、競争に生き残ってきたもの、修羅を潜り抜けてきたものには
それまで安穏と暮らしてきたものにはない生命の輝きがある。 人も動物も、
平和な環境になれてしまうと、いつのまにか心にも身体にも脂肪がついて、
保身の事しか考えない、見苦しく醜悪な生き物になり下がってしまう。
ここで獲物を奪い合っている彼らは決して飼い慣らされることがない。
油断すれば主人すら食い殺す。 その媚びないところが実にいい」

彼は顔を上げると、未だに獲物を奪い合っている水面の死神達を、
息を飲んで見守っている二人を振り返った。まっすぐ高耶の目を見つめて
言う。微笑を浮かべてはいるが、つくづく底冷えのする色の瞳だった。

「エドマンドには普段からいろいろと世話になっている。その彼の友人
とあれば、君を客人として心からもてなそう。といっても忙しい身で昼は
エドにまかせっきりになってしまうだろうがね。
そう――夜は内輪でちょっとしたパーティをやろうと思っている。
朝エドから電話があったときに思いついてね」

そう言って、マグゴーマンは今朝突然電話してきた直江を見やった。

「屋敷の内外は自由にみてもらってもかまわないが、地下には行かない
ほうがいい。餌をやるとき以外は、この子達を放し飼いにしているのでね 」


ジョージ・マグゴーマンの屋敷はダブリン郊外のマラハイドにあった。
ダブリンから13kmほど北にある、海沿いの美しい街だ。高耶のために
用意された部屋からは、街並みの向こうに海がひろがっているのが見えた。
高耶は投資家の仰木高耶と名乗った。イギリスの情報部員アーサー・ブラッド
少尉の顔をマグゴーマンが知っているかどうかはわからない。直江は
おそらく知らないだろうと言った。危険な賭けだったが、もう後にはひけない。

直江に案内され、屋敷をとりまく広大な庭を見て回った。冬にも
かかわらず常緑樹や観葉植物が青々と葉を茂らせていた。
また奥には大きな温室もあり、こちらには色とりどりの花や
鳥たちが見るものの目を楽しませた。直江は時折世間話を
口にするだけだったが、そうして見て回っている間に、高耶は
茂みの中からかすかに光るレンズの存在に気づいた。曇り空の
せいでほとんど光を反射することはないそれらは、庭や温室の
至る所に隠されている。
それだけではない。先刻高耶にあてがわれた部屋にも、数カ所に
盗聴機が仕掛けてあった。たとえ直江と二人の時でも、どこで
見聞きされているかわからないということだ。

直江は高耶を大きな池のある一角に連れていった。直径約1mほどの
パイプが地面から盛り上がっていて、入り口には錆びた鉄の扉が
あり、閂がかかっていた。

「ここはさっき見たワニ達の専用通路です。冬の間はこうして
封鎖して、ずっと暖かい地下で過ごしますが、夏には地下から
この庭に出て、自由に日光浴ができるようにしているそうです」

つまり、この通路は屋敷の地下に通じている。ただし、辿っていった
ところでワニの餌になるのは必定だが。
だがこれは使えるかもしれない、と思った高耶に釘をさすように
直江は付け加えた。

「夜は出歩かないほうがいいですよ。20頭のドーベルマンが
放されますから」

 

冬の日が落ちるのは早い。クリスマスの時期ということもあって、
どの家もそれぞれ庭の木に豆電球をつけたり窓際に飾り付けを
したツリーを飾ったりしているが、ここの屋敷でも人並みに、
門の側の木や、屋敷の周りの潅木に電飾をつけたりしていた。

内輪とは言え、パーティということで着替えてきた高耶は、
ダイニングルームでマグゴーマンと話している人物を見た瞬間、
その場に凍りついた。

「高耶さん…?」

同じくフォーマルスーツに身を包んだ直江が近づいてきて、
高耶の様子をいぶかしむ。だがとりつくろう余裕もなかった。
無理やり視線を「彼」からひきはがす。だが動揺はなかなか
去らなかった。

イギリス情報部に“裏切り者”がいることはわかっていた。
その者を処分することが今回の任務の一つでもある。
たとえそれが誰であろうと、高耶は動じないつもりでいた。
高耶自身、愛国心からこの仕事をしているわけではないし、
仲間の裏切りに対しては別に何の感慨も持っていない。
ただ自分は与えられた仕事をやる、それだけだ。

しかし、高耶の視線の先にいるのは、まったく思いもよらない
人物だった。
視線を感じてか、壮年のその男は高耶のほうを振り向き――
顔を強張らせた。
間違いない。彼だ。
マグゴーマンの方も高耶たちに気づき、愛想よく何事かを
話しかける。だが高耶は聞いていない。鋭い目つきでその男を
睨みすえた。

(なぜあなたが)
(オレに“信義”を説いたあなたがなぜ)
(説明してください、幻庵師匠――!)

 

つづく

アサシン部屋へ


ああー苦しかったvvvかぜひいたってのもあったけど
なかなか文章が浮んでこなくてじたばたしました(^_^;)
にしても今日はもうクリスマス…やはし終らんかったvvv
時期外れになること決定ですが、わらって許してやってください(^_^;)