戦場のHappy Birthday 第一話

 

07.17.17:00 P.M.

 

「上体を低くしろ。蛇行しながら進め!」
頭上から雨あられと降ってくる矢をかわしながら、インカムに向かって高耶が叫ぶ。
「上までいけば奴らは矢は使えない。ありったけの念でプレッシャーをかけろ!」
土佐の怨将は概して荒っぽいが、今日の敵はやたらと肉体を狙って攻撃を仕掛けてくる。
確かに憑巫を失えば霊たちは力の安定を失い無防備になる。だがここまで徹底して対憑巫用の
武器を用いてくるとは。いっそ本物の鎧でもつけてきたほうがよかったか。
「隊長!ふもとから敵がきます!!」
「ぐずぐずするな!完全に囲まれる前に登りきるんだ。念鉄砲をおもいっきりぶちこんで
突破しろ!」
先頭で敵をなぎ倒し、進入路を切り開く。
「兵頭!」
『もう石垣近くまで来ています』
「よし、同時に攻め入る!」
指示を出す間にも頭上から巨大な石が落ちてくる。念で破壊しながら山を登りきる。
高低のハンデがなくなればもうこっちのものだ。弓を捨てて念を放ってくる霊たちを
薙ぎ払い、霊波塔に向かう。すると郭の方から新手の憑依霊たちが押し寄せてきた。
それぞれ手にはライフルや機関銃――対霊用ではなく、現代人用の武器だ――を
もっている。
「ちっ」
護身波で弾を防ぐことはできるがこれだけの人数が相手となると面倒だ。
高耶は舌打ちすると、ポケットからパイナップル型の手榴弾を取り出す。
口でリングを引っ張り、彼らの方に投げた。
グワッと空間がひずむ。一瞬後には無傷の憑巫だけが残された。
だが息をつく間もなく、新たな怒号があがる。
先刻上ってきたところから、別の怨霊たちが続々と姿をあらわした。
鎧など装備をよくみると、今まで戦っていた大野方のものと明らかに違っている。
『剣山より加勢にきたぞ!大野の!』
オオオ…という唸り声と共に、鎧武者たちが一斉に霊刀を振り上げる。
今まで戦ってきた数に劣らぬ集団だ。
「隊長…!」
「ここは何としても食い止める!――兵頭!はやく霊波塔を!!」
二個目の手榴弾の信管を抜きながら、インカムに叫ぶ。
だがおそらく兵頭の方もこちらと同様だろう。いつもなら決して遅れをとる相手ではないが、
こちらは既に先の戦闘で疲れている。あとは体力勝負だ。
ドウンという音とともに土埃がもうもうと立ち上がる。爆風を逃れた武者たちがわっと
こちらに向かってくる。高耶の拳が鎧玉を握り潰し、霊刀に変える。
最後の戦闘が始まった。

「危ないところでしたね」
夕焼けに染まる山を見ていると、後ろから兵頭が声をかけてきた。
見ているのは鷹ノ巣山だ。ここから砦まで、四万十川を挟んで目と鼻の先だった。
「…まさか加勢がくるとはな。おかげで少々てこずった」
「そうじゃない。黒川の奴らがそのまま鷹ノ巣に行っていたらどうする
つもりだったんですか」
問い詰める口調に、だが高耶は動じない。
「鷹ノ巣は丸裸じゃない。そのために堂森をおいてきた。」
振り向くと、鷹のような双眸が高耶をみつめていた。
「…まったく食えん男じゃ」
高耶はちいさく笑って兵頭の傍らをすり抜けた。
「隊長、今夜は鷹ノ巣に?」
「いや、オレは大正に戻る。おまえらは明日戻ってくるといい。」
実は大正砦こそ手薄になっているのだ――潮にまかせてはいるが、
留守を任せている他の隊士たちは戦闘経験の浅い者達ばかりだ。
「隊長」
立ち去ろうとする高耶を、再び兵頭が呼び止めた。
「気をつけてください。奴――大野利直が、倒れる前にあんたのこと呪っちょりました。
何やら呪文のような言葉を吐いて」
この先あらゆる災厄を背負って生きるがいい、と。
一瞬間を置いて、高耶はわかった、とうなずいた。

07.17.20:00 P.M.

 

大正砦に着く頃には、日はとっぷりと暮れていた。
留守中何も変わりなかったことを確かめると、自分のテントに向かう。
テントの前に、人影があった。
長身の男が、腕を組んでこっちをみていた。
「直江…」
「今日もずいぶん無茶をやったそうですね」
叱るような口調とは裏腹に、両手を伸ばして高耶を抱き寄せる。
高耶は珍しく何も言わず、おとなしく腕の中におさまった。
「お願いですから、自分のことを考えてください。私にはこの戦いが、あなたの寿命を縮めてまで
やる価値のあるものだとは到底おもえない。あなたより貴いものなど何ひとつない。もし彼らの
ためにあなたに万一のことがあれば、私は彼らを皆殺しにするでしょう。だから――」
ふと違和感を感じて、直江は今まで紡いでいた言葉を切った。
ふいに身体を離すと、高耶の前髪をかきあげる。
「…直江?」
月明かりに照らされた高耶が、怪訝そうに直江を見上げている。今の高耶は軍団長でも隊長でもない。
素のままの、無防備な表情だった。
直江はしばらく真剣な眼差しを高耶に向けていたが、ふっと表情を緩めると、高耶の唇に唇で触れた。
数日ぶりの感触だった。触れるだけの行為はあっという間に濃厚なものに変わる。
「ん…ッ」
仰のいた高耶の喉の奥から甘い声が漏れる。しなやかな両腕が直江の背中に絡み付き、しがみつく。
「中に入りますか?それともここで…?」
「――馬鹿」
潤んだ目で直江を睨みつけると、先にテントの中に入っていく。
だが彼に続く直江の表情は厳しかった。
(こんなことならついていくんだった)
もう少し早く知らされていたら。
戦闘中、一体何があったのか。彼は気づいていないのか。

(呪をかけられている――!)

彼らにとっては、波瀾の一週間のはじまりだった。
  

続く

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